大友良英
オレにとってのジャズは、まずは70年代のジャズ喫茶や4畳半のアパートの風景にまみれたレコードやカセットの聴取体験のことだ。針音やヒスノイズの彼方から聞こえてくる音楽に耳を凝らしているうちに、ノイズのないジャズは受けつけなくなってしまった。だから80年代以降のものは、世間の言うジャズとはなんの関係もない。ノイズまみれの雑菌だらけの音楽こそがオレにとってのジャズなのかもしれない。
Jim Hall Bill Evans / Undercurent
テープ特有のゆらゆら揺れるヒスノイズの中から聞こえてくる調律のずれたピアノ。当時のアンプとエレクトリックギターの奏でる少しだけ歪んだ音色。録音自体も上品に歪んでいる。毛穴まで見えるここ30年間の優秀な録音ではなく、こうした陰影のある雑菌だらけの昔のハイファイ録音が、私にとってジャズの原体験だ。初めて聴いてから四半世紀以上、今だまったく飽きることがない。1970年以前にはこんな名盤が山のようにあった。
Eric Dorphy / Out to Lunch
フリージャズには愛してやまないアルバムが沢山ある。ローランド・カーク、ミンガス、アイラー、オーネット、シャーロック、バルビエリ、名前をあげたらきりがない。おそらくたった一回きりだったこのセッションも演奏や録音の失敗だらけだけれど、そんな些細なことはどうでもいい。むしろそうしたことを含めてこのアルバムの魅力にすらなっている。プロセスむき出しのかっこ良さ。これこそが私にとってのフリージャズだ。
Derek Bailey / Guitar Solo
20世紀のあらゆる音楽の中で、もっとも異物感のあるアルバム。このアルバムの登場で、私の中では、ジャズがどうとか、現代音楽がどうとか言うことの意味がなくなってしまった。演奏することと、その音を人間が認識するということの、答えのない禅問答が、私の中ではじまってしまったからだ。デレクおじさん、まいったぜ、まったく。とはいえ、こんなに聴き続けると、今やジム・ホール並みにノスタルジックに聞こえるから不思議。
The Pop Group / We Are All Prostitutes(シングル)
こいつを聴いたときが人生一番の衝撃だった。25年前のことだ。奥行きのない歪みまくったチープな録音。金にまみれた明るいデジタルな80年代の幕開けの中で、オレにはこの暗い音楽が希望にすら見えた。この音楽がなければオレはもしかしたら無差別殺人者か性犯罪者、良くてカルト信者に成り下がっていただろう。でも、幸いオレが手にしたのは宗教でもサリンでもなく、ジャズですらなく、得体の知れないノイズだったのだ。
No New York
A面1曲目のコントーションズを聴いた瞬間、今でもオレは完全無条件降伏状態になる。かっこいいよう〜。オレにとってのジャズとは、このかっこよさとともにあるものなのだ。もちろん、このアルバムはジャズじゃない。でもジャズだろうがパンクだろうが、そんなこたぁどうでもいい。オレがかつてフリージャズをいいと思った理由のほぼ全てがこの1曲目に入っている。以後、ジャズ本流への興味は無くなってしまった。
John Zorn / The Classic Guide to Strategy Vol. 1
ジョンの演奏を最初に聴いたのがこのアルバム。彼の演奏の中でも今だに最高に好きな1枚。人の呼吸と発音、音の運動と音色。ジャズの持つ最良の何かと、現代音楽が考えてきた最良の何かがここでは見事に結合している。当時はそれが大好きだった。今は違う。オレが今このアルバムを愛してやまないのは、その両者にあって、このアルバムでは決定的に欠落している何かがあるからだ。この欠落がたまらなく好きだ。
ゲッペルス=ハルト / フランクフルトペキン
ここに入ってるアルフレッド・ハルトのテナーサックスが大好きだった。まさか20年後、これを書いてるパリ発のTGVの隣の席に彼が座ってるとは思ってもなかった。当時1000枚プレスしたのみ。今のところ再評価の動きすらないが、こういう大名盤はちゃんと再発してほしい。めちゃくちゃなコラージュの中から聞こえてくるテナーのメロディ。私が今ジャズの名のもとにやっている音楽の原型がここにある。
スティーブ・べレスフォード / バスオブサプライズ
べレスフォードも再評価の対象になかなかならないけど、私の中では、最高に重要なミュージシャンのひとり。彼こそがジャズの持つ自由さとおしゃれさを今に伝えることの出来る数少ないインプロヴァイザーだ。オレはこのインプロヴァイザーと呼ばれる欧州の、オレより年上の自由人達が大好きだ。特にこのアルバムは私が自分でCD化して再発したくらい最高に好きなアルバム。自由とは何かをこのアルバムから学んだ。
インスピレーション & パワー
日本のフリージャズは私にとって特別な音楽だ。このコンピの中に入っている第一世代達の個性的なこと。本人達が思っている以上に、本場フリージャズとは無関係な、なにか不思議な異形の音楽。オレは、このおかしな進化の過程をたどった音楽が大好きで、しかも大嫌いだ。まるで生まれた街のように。おまけにこの音楽からは逃げることすら出来ない。恋人からは逃げられるけど、親からは逃げられないように。こまったもんだ。
高柳昌行 阿部薫 / 集団投射
2人については、アルバムというよりはライブの現場で接したことが何より大きい。高柳ニューデレクションはわたしが最初に生で接した耳鳴りのとまらない音楽。阿部薫はわたしが最初に生で接した即興演奏、というより本当の意味でのパンク。情念とか神がかった見方で語られることが多い音楽だけれど、そういった見方にはまったく興味がないし、違うとすら思っている。彼等がやっていたのは、もっと乾いた殺伐とした何かだ。
Filament BOX
オレにとってのジャズとは、そもそもジャズのような音楽のことではなく、ある進化のベクトルをもった音楽の運動のことを指すのかもしれない。その意味で、今自分がやっているもので、最も正統派のジャズだと思っているのは本気でこのFilamentなのだ。ただし、ジャズの根幹にあって、ここにはない圧倒的な欠落もある。この欠落部分に光をあてたくなってはじめたのかONJOだったりする。
Improvised Music from Japan BOX set
さんざんジャズ、ジャズと書いておきながら、実はそんなものはどうでもいいと思っている。僕等日本に育ったものが言うジャズなんて所詮個人的な思い込みでしかない。インスピレーション &; パワーから30年。異形の音楽達は何世代もの交配を経由して、さらに磨きのかかった異形の音楽を生み出していった。インキャパシタンツ、PHEW、杉本拓、中村としまる、山本精一、吉田アミ…オレが日本に住み続ける理由はここにある。