Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2002年9〜10月初頭)

皆さんこんにちは〜。師走いかがお過ごしですか。今山口のホテルでこれを書いています。今日で今年のツアーは終了、明日からは黒沢清監督のハイビジョンの仕事に入ります。内容は小泉今日子朗読の「風の又三郎」で監督のリクエストは「見た人が見なきゃ良かった…って思うようないや〜な音楽」。えへへ、楽しみです。

あまりの忙しさに更新が遅れに遅れていたJAMJAM日記です。9月以降杉本拓、SachikoMとのノルウェイ・ツアー、10月のアーストワイル・フェス、11月 Filamentの欧州公演、12月のラドゥ・マルファッティ、山口の雪舟庭園でのI.S.O.野外コンサート(これ誇張ではなく、ほんとうに素晴らしかった)、そしてDCPRGの脱退等々、自分自身の音楽にとってはかなり大きな出来事が続いているのですが、これらについてはなるべく早い時期に日記にアップして整理していければと思っています。まずは9月から10月初頭にかけての日記から。


@月@日
吉祥寺GOK SOUNDにて映画『blue』のサントラCD用の録音。モスクワ映画祭で、主演の市川実可子さんが主演女優賞を取ったせいか、上映に向かってはずみがついた感じで、サントラもweatherから発売が決まった。通常映画音楽がCDになる場合、あとからCD用に録り足すことが多い。オリジナルのサウンドトラックだけだと、1分以内の細切れの曲が多いし、今回みたいに音楽の少ない静かな映画だとなおさらだ。昼からサントラの録音メンバー(栗原正己、江藤直子、芳垣安洋)に集まってもらい、長いテイクをいくつか録音。 さらに今回は主演の市川さん、原作の魚喃キリコさん、脚本の本調さん等美女チームに、安藤尋監督、プロデューサーの宮崎大さん等、豪華映画制作陣にもスタジオに来てもらい2曲ほどパーカッションを叩いてもらった。ぶっつけ本番取り直しなし。無論ワンテイクでOK。CDを聴いてもらえば分かると思うけど、もうなんと言ったらいいか、音を出す喜びに満ちあふれてるって意味では僕ら以上の演奏。安藤監督が音だけでかくて下手クソなのが性格のまんまで笑えたけど、魚喃さんが上手いのには驚きました。内容のほうは、魚喃さんが原作を書いている時にずっと聴いていたフォルクローレをモチーフにしたギターポップとでも言ったらいいのかな。自分で言うのもなんだけれど会心作です。ジャケは魚喃さん。内緒だけど、これも飛び上がりたいくらい嬉しい。来年早々映画の上映にあわせて発売予定、よろしくです〜。

@月@日
ノルウェイの古都トロンヘイム。ここに住むノイズ音響系のユニットJAZZKAMERのラッセの計らいで、杉本拓、Sachiko M、オレの3人のノルウェイ・ツアーが実現した。到着早々、なにやらパーティ会場へ。どうやら僕らはここで行われているジャパン・フェスの一環で呼ばれたらしい。僕ら以外は皆正装。なんだかえらい政治家みたいな人があいさつしたりしている。会場には山の手夫人みたいな人やら、芸術やら東洋やらに理解がありそうな顔をした人達が溢れ、すこぶる居心地わるし。打ち上げは大好きだけど、この手のパーティは嫌いだ。僕らはほとんど窒息しそうになりながら会場を後にする。外に出ると息が白い。ガタガタ震えながらホテルに戻る。拓ちゃんもオレもすっかり油断して、都内を移動するようなぺらっとした格好で来てしまった。旅慣れるとこういう失敗をしてしまう。

@月@日
トロンヘイムから車で2時間ほどいった美術館での演奏の帰路、夜中の12時くらいだったろうか、人里離れた山中を走っていると突然、運転手が車を止めて「降りろ、降りろ」と叫び出す。なにかと思って車を出ると、夜空一面に緑色の蛍光色に輝くオーロラが出ている。もちろん見るのは初めて。もう、あまりの美しさにしばし呆然とする。カーテンのようにたなびいたかと思うと突然まったく別の形になったり…。こんなものを見た見た昔の人間が神やら妖精の存在を信じたくなるのもうなずける。とはいえ、あまりの寒さに数分で車の中へ。どんな美や神秘も寒さには勝てない。今度ノルウェイに来るときは絶対防寒着を忘れないようにしよう。

@月@日
今回のツアーで僕らが一番楽しみにしていたのは、インターネットの「宇波拓 欧州ツアー日記」だった。ちょうど僕らと同じ時期、コンピュータの宇波、トランペットの江崎将史、サックスの大蔵雅彦の3人がイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインを回っていて、この中でも筆の立つ宇波くんが随時彼のホームページ「ひばりミュージック」で日記を更新していたのだ。オレはこの3人の音楽も好きなら感覚や生き方も好きで、彼らがなにをしでかすのか実はひっそりと面白がりつつも楽しみにしている。特に最近『ロック画報』に群抜きで優れた文章を寄せている宇波くんの存在は、なんだかその変なキャラに隠れて見えにくいけれど侮れない気がするのだ。案の定、欧州初ツアーの彼らの珍道中ぶりはなかなかのもので…ま、このへんはぜひ彼のページを見ることをおすすめします…。その他にも、各地で彼らが出会うミュージシャンは次代を担う最重要人物達だったりして新しいもん好きには堪えられない内容だ。そんなこととは別に、ツアー生活を始めて10年以上の歳月が流れてしまったオレには、すでにどこかに忘れてきてしまった大切な何かを思い出させてくれる内容で、彼らの旅慣れてない初々しさと同時に、行った先行った先で出会った人達との時間を大切に過ごすあの独特の感じに軽い嫉妬を感じてしまった。いつしか、今回のツアーで僕らの朝の挨拶は「新しい宇波日記見た?」になっていた。

@月@日
トロンヘイム郊外の飛行場近くの「Hell Hotel」という恐ろしい名前のホテルに移動。ヘルはこのあたりの地名で、英語の地獄のことではないらしい。ホテル自体はよくある3〜4つ星の空港ホテルで、悪くはないのだが、問題はこのあたりにまったくレストランや商店が存在しないことで、僕らは仕方なくホテルのバカ高いレストランへ。北欧はどこも物価が異常に高く、ちょっと外食しようものなら、すぐに3000円くらいは軽く取られてしまう。このレストランもものすごく高い。しかも街中のレストランの倍はする値段だ。ステーキ7000円、サーモン6000円…。さんざんメニューとにらめっこした挙句、僕らに注文できる選択肢は「エイジアン・ヌードル・スープ 2500円」しかないという結論に至る。2500円もするんだから、それなりの、たとえば高級牛肉を使ったベトナムのフォーとか、野菜と魚介がたっぷり入った中華系の高級麺なんてのが出れば、まあいいか…なんて思いつつエイジアン・ヌードル・スープにワインを注文(ちなみにオレは下戸なのでミネラルウォーター、杉本拓とSachiko Mはワイン好きだ)。待つこと20分。ウェイトレスが素晴らしく大きな純白のお皿を3つ運んで来るのが見える。膨らむ期待。「お待ちどうさま、エイジアン・ヌードル・スープでございます」。「………」。ん、これはどう見てもインスタント・ラーメンのように…。3人とも顔を見合わせてしばしの沈黙。高級な皿、ラーメンの上に乗せられた大きめの鶏肉とセロリや赤ピーマンの美しい盛り付けが一瞬の高級感をかもし出してはいるが、インスタント・ラーメンに肥えた目を持つ僕ら3人を誤魔化すことは出来ないぞ。純銀製のフォークとスプーンを使ってまずは一口。間髪を入れず「これチャルメラじゃん」。3人同時にユニゾン…ステージでは絶対にユニゾンで音なんて出さない僕らにユニゾンをさせるとは。恐るべきかな、ヘル・ホテル・レストラン。

事件はそれだけではなかった。2500円のチャルメラ(実は上に乗ってた鶏肉はまあ旨かった)を食ってる最中…ちなみに麺をすする音を立ててはいけないという欧州の厳しいマナーなど僕らはもう守る気はなかったので、いつも家でやっているようにずるずるとラーメンをすすらせてもらった…、遠くの席に東洋人の美しい女姓が何人か座っているのが見えて、その中のひとりが、どう考えてもピアニストの三宅榛名さんそっくりなのだ。まさか、と思いつつも、やはり、どう見てもそっくりなので恐る恐る近づいて見ると、もう本人にしか思えないくらい似てる。こんなノルウェイの片田舎でと思いつつ「あの〜、もしかして榛名さん?」。「あら大友くん」。榛名さん一行もノルウェイを演奏旅行中で、夕食後は娘さんの暦ちゃんとともに、僕らの部屋で持ち寄ったつまみやワインでしばし盛り上がることに。榛名さんも暦ちゃんもその場にいるだけで、皆を幸せにしてくれるようなオーラを持っている。榛名さんは、あの凛としたピアノの音そのままの人で、音楽も人間もオレは大好きだ。暦ちゃんとは共通の友人、奇才DJピーキーの話で盛り上がる。まさか僕らがノルウェイの森の中のホテルでピーキーの話をしていようとは、本人夢にも思うまい。

@月@日
トロンヘイムの空港でルインズの2人と会う。もう誰とあっても驚かないぞ。

@月@日
ストックホルム。ツアー最終日。宇波日記にも出てきていたロンドンのトランペッター、マット・デイビスのソロがオープニング。MDを使ったコラージュの演奏の素晴らしさに息を呑む。トランペットの演奏もすごかった。確実に新しい世代が出てきていることを実感。来年の来日が待ち遠しい。今回はほとんどの場所で僕ら3人はソロをやった。今日もソロを3つ。こんなにまとめて杉本拓やSachikoMのソロを聴くのは、オレにとっても初めて。オレ自身がこの数年最も影響を受けてきた2人を前に、自分自身もソロをやらなくてはならないのは結構きつくもある。きつくもあるけれど、自分自身と彼らとの距離みたいなものを見るいいチャンスでもあったし、やはりこの2人の独自性とすごさを再認識する機会にもなった。結局オレはギターを持ってきたのもかかわらず、ほとんどギターは演奏せずにターンテーブルのソロばかりをやらせてもらった。なんだかオレの演奏はいつでも過渡期的で、ちっとも満足できない。悪い演奏をしているつもりはない。むしろかなりのクオリティだとすら思っている。でも、まだなにかしっくりこない気がするのだ。マットや杉本、SachikoMの演奏を前に、脳髄の奥底がこつこつこつこつと鳴っている。


Last updated: December 21, 2002