Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2000年8月)

(フリー・ペーパー「Tokyo Atom」に掲載。)

@月@日
ロンドン・ヒースロー空港のコンピュータが完全にストップ、3日間に渡って数万人の乗客が足止めをくう事件が起こった。こともあろうに、その初日、オレはこの空港にいたのだ。スペインから日本に帰る途中だった。到着は深夜、すでに対応すべき飛行機会社や空港関係者は、あまりの事態に逃げ出してしまい、空港にいるのは治安維持のためのポリスと路頭にまよう数万人の乗客のみ。飲み水もないまま疲れはててその場に倒れこむ人々、目の前で発作を起こして倒れる女性、途方にくれる老人、シャッターを壊そうとする入れ墨の青年、まるで野戦病院のようだ。オレは半分あきらめて、そこで知り合った脳神経内科の先生達から最先端の医療の話を聞いて一晩過ごすことにした。いや〜勉強になった。おまけに先生達が奔走してくれたおかげで、1日遅れで帰国便に乗ることができた。とはいえ、あずけていた楽器は全て行方不明、その日予定されていた広島公演もキャンセルせざるをえなかった。そういえば今年は厄年だ。

@月@日
災いは連鎖する。この3カ月というもの、ヨーロッパと日本を行き来しツアーと映画音楽を同時進行でこなし、半分頭が破裂しそうな状態だったけれど、破裂したのは頭だけではなく、オレの部屋もひどいことになっていた。それでなくても機材とレコード、本の中に埋もれるような生活だったのに、もう収集がつかない。本来ならそれを戒める同居人も長期のヨーロッパ公演に出ていて留守。これが拍車をかけた。もう人の住める状態じゃない。しかし片づける間もなくスタジオから直行で成田へ。同居人の帰国予定はオレの1日後だ。帰国したらまる1日かけて部屋をきれいにしてから広島に向かえばOK、なんて思っていたのがいけなかった。ヒースロー空港のおかげでオレのほうが一足遅れの帰国となってしまった。ぼろぼろに疲れた体で吉祥寺のアパートに戻ってみると、すごい顔をした同居人がいきなりオレに向かって「テメー!」「うわ〜オレが悪かった」…この後の惨憺たる状況はとてもここには書けない。やっぱり厄年だ。

@月@日
今日をもって生まれ変わる。今度こそ本気だ。部屋を片づける。さっぱりとした人生を送る。とは言えあまりのモノ、モノ、モノの前に途方に暮れる。なんとかせねばと焦るばかりで何時間たってもらちがあかない。フ〜、ため息をついてテレビのスイッチをポン。ボ〜っと見てると、ベストセラー「捨てる! 技術」の作者が実際にどうやって部屋のものを捨てるか見せてくれるという。ふ〜ん、ま、見てみるか。あれま、なんか美しい女性が出てきて捨て方を説明してくれてる。ちょっとまじになって見るか。ん、この人、昔なじみの友だちによく似てる、あれ、なんか笑うときのクセまで同じだ。むむ、しゃべり方までおんなじじゃねーか、おい、こりゃどう見ても本人だ。衝撃のあまりこの日は片づけ中止。捨てる技術もまったく頭に入らなかった。

@月@日
「捨てる! 技術」を早速購入、速攻で読む。効果絶大。わずか数日間でCD千数百枚、アナログ千枚、本数百冊、機材多数を処分、過去にため込んだ膨大な資料や譜面、テープ、写真、服なんかも必要最小限を残して捨ててしまった。もう過去はどんどん捨てる。なんだか捨てることが快感にすらなってきた。しっかし木造2kのアパートによくもこれだけの量のもんがあったもんだ。売った金で、広々とした自宅スタジオにコンピュータを導入、機材も一新した。ヒースローで行方不明になっていた機材も戻ってきた。どうやらなんの信仰もしてないオレの厄払いは「捨てる」ことみたいだ。


Last updated: August 13, 2000