(フリー・ペーパー「Tokyo Atom」に掲載。)
@月@日
3年ぶりのNY。前回、Filamentの演奏が理解されずPAの奴が演奏中にヴォリュームを絞ってしまった苦い経験以来、すっかりこのクソ保守的な街に行く気が失せていた。今回はニュージャージーの新興レーベル "アーストワイル" がトニックでフェスをやるという話で、しかも出演者は私たちFilamentの他にスイスのヴォイス・クラック、ギュンター・ミュラー、フランスのerik mなど。久々にNYに行きたくなった。決して音がいいとは言えないトニックだけれど、PAの人や受け付けにいたるスタッフまでが、こういう音楽をしっかりリスペクトしていて気持ちよい。昔のニッティングを思い出す。およそコマーシャルとは言えない、しかも即興性の強い僕らのような音楽がいい演奏になるかどうかは、聴衆の集中度と共に、スタッフたちの愛情みたいなもんもすごく重要だ。こうしたことひとつひとつが演奏を生かしもするし殺しもする。客席も3年前とはまったく違う若い客で盛況。モリ・イクエさんや本田ユカさん、クリスチャン・マークレイ、デヴィッド・グラブス、DJオリーブなど…友だちもたくさん来てくれた。おかげで演奏もよかったし、なんだかNYが素敵に見えてきたりして(苦笑)…人間なんてげんきんなもんだ。
@月@日
ボストン。この街に来るのは初めて。クリスチャン・マークレイが出たマサチューセッツ・アート・カレッジでのコンサート。ここにはトランペットのグレッグ・ケリーら、アコースティック楽器のみでこれまでに聴いたこともないような音を出す若いミュージシャンばかりのおもしろい即興シーンがある。残念ながらグレッグはツアーに出ていて会うことができなかったが、その周辺のおもしろい連中に会うことができた。当分の間は、ここの音楽シーンから目が離せない。
@月@日
カナダ、ケベック州。ここの小さな街ヴィクトリアヴィルで北米最大のニュー・ミュージック・フェスが4日間にわたって開かれる。通称ヴィクト。オレは自分のユニット、カソードでの参加。ここで見た最大の収穫はベルリンのトランペッター、アクセル・ドナー、フランスのクラリネット奏者ザビア・チャールズとロンドンのサックス奏者ジョン・ブッチャーのトリオだ。ほとんど楽音らしい音を使わずに、静かな息音だけで演奏を始めると、三つの音がひとつになって空中を左右に浮遊し出す。電子音のようにすら聴こえる不思議な世界。文字で説明出来ないのが残念。とにかく今まで経験したことのない世界。これがあるから、どんなにつまらない演奏をたくさん聴くことになろうと、フェスはこたえられない。それにつまらない演奏の中にだって何かがあったりするしね。他にはポアZと、マイク・パットンのファントマスがめちゃくちゃかっこよかった。
@月@日
フランス、ナンシー。欧州最大のニュー・ミュージック・フェス "ムジーク・アクシオン" が10日間にわたって開かれる。やはりカソードでの出演。ここでも長期滞在して、出演バンドのほとんどを見ることに。ベルリンから来たプリペアド・ギターのアネッタ・クレプスとインサイド・ピアノのアンドレア・ノイマンの即興の新しさは圧倒的だった。こういう新しさは、厳しい聴衆で知られるここですらあまり理解されていないのではなかろうか。そのくらい未知の何かを彼女たちは持っている。文句なく名演だったのはイギリスの最古参即興ユニット、AMM。彼らの演奏をこれまでに何度も見てきたし、その度素晴らしい演奏だったのだけれど、今回は群を抜いていた。歴史的な名演と言ってもいいだろう。そのAMMが僕らの演奏を称賛してくれたのにはもっと驚いた。AMMのピアニスト、ジョン・ティルバリーとSchiko Mらとのユニットが実現することになったり、杉本拓や中村としまるとAMMのギタリスト、キース・ロウは既に何度も共演を重ねてい
る。「あなたたちが何をやるのか、わたしは本当に注目している。次の何かはあなたたちの活動から生まれると思うからだ」。別れ際にキースから真顔で言われたこの言葉の意味を考えると恐ろしくなる。僕らは本当にそんな存在なのだろうか?
@月@日
帰国早々、中原昌也の三島由起夫賞受賞に寄せたエッセイ「狭き門を後ろ手で閉めろ」をインターネットで見つけた。すばらしい内容だった。賞を取るのにどういう意味があるのかオレにはわからないけれど、ここは素直におめでとうを言いたい。大阪では包丁男が小学生を刺し殺すニュース。本当に憂鬱な気分だ。