Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2002年6〜7月)

@月@日
京都精華大学。ここのところいろいろな大学で教える機会が増えてきた。ここでは今年3回連続の講義を。最後の今日は生徒に音の出るものを持ってきてもらい簡単なポータブルオーケストラをやってみた。で、その演奏はというと予想に反してすごく面白かったのだ。音楽におけるシロウトとかクロウトってなんなんだろう。楽器を演奏することって…。教えているオレのほうが教わること考えることが沢山あって楽くかつ有意義な 時間だった。ここでやったコンサートにもONJQに400人以上、Filamentやメルツバウ、PHEWのほうにも200人もの人が来てくれて、本当に来てくださった皆さんありがとう。精華大の田村さん、参加してくれた皆さん、イベントのスタッフのみんな、世話になりました。サンキュウ。

@月@日
オーストラリア、メルボルン。こっちの7月は冬。とは言え温かいところなので、東京で言うと3月中旬くらいの感じかな。今回は1993年から続いているWhat Is Music Festivalに出演するためにやってきた。同行したのは中村としまる、秋山徹次、Sachiko Mのオフサイトチーム。他にも欧州からギュンター・ミュラー、ボイス・クラック、トニー・バック、ファックヘッド、REUBER等、アメリカからデビッド・グラブス他地元やニュージーランドからも謎のミュージシャンが多数参加し、メルボルンとシドニーで 16日間にわたって繰り広げられる。かなり大規模だけれど、実のところわずか数名(実質3名)のミュージシャンによって、実にゆるく、しかし良い感じのどんぶり勘定で運営されている世界一リラックス出来るフェスだ。別名What Is Food Festival …なんでそんなあだ名がついたかは、おいおい分ることになる。オレが到着したのはフェスティバル6日目。会場につくといきなり秋山徹次が素晴らしいギターソロを聴かせてくれる。東京で何度も見てきた彼のソロだけれど、正直ドキモを抜かれるくらい素晴らしかった。え? これかあのキャップ(僕等はいつも彼をそう呼んでいる)なの? ってくらい人が変わったようなソロ。いや、いつも東京でもいい演奏なんだけれど、そんなレベルを一回りも二回りも超えた集中力とでも言うべきか。当然大受け。う〜ん、やるなキャップ。ちなみに彼は成田で出国の際も、メルボルンで入国の際も、あの独特の行動でトラブったらしい。別に悪いことをしたわけではなく、単に人の何倍も要領が悪いだけなのだが、そのことがすでにオーストラリアのミュージシャンの間で親しみを込めて話題になっ ていて…おっと、あんま書くと怒られそうなのでこんくらいにしとこう。この日は中村としまるのソロも素晴らしくて、彼のファンが多数最前列で食い入るように見ていた。彼ほど日本と海外での知名度の落差のあるミュージシャンをオレは他に知らない。キュービックミュージックから出た新作のソロ『vehicle』は今まで以上にポップでわかりやすいし、まじ名盤だと思うけどね。そろそろ日本でも彼をちゃんと紹介するべきだと思うけどな。

@月@日
まるでオフサイトに出ているような演奏をする地元の若いミュージシャンが多数いるのには驚いた。ノーインプットミキサーやらノーメモリーサンプラーを演奏するやつまでいてちょっと苦笑。この日は5月のターンテーブルヘル・ツアーの同士マーティンNGに再会。会うなり「明日からのメシを楽しみにしてなよ」。えへへ、楽しみにしてまっせNGさん。ちなみにNGの読み方は「ン」に近いんだけど表記のしようがない。

@月@日
マーティンのナビゲートでチャイナタウンで飲茶。なつかしい。10年前にトニー・バックのぺリルってバンドのメンバーだった頃、この街には何度かきていてトータルでは数週間くらいはいたかな。その時に米が食いたくて一人で何度もチャイナタウンにきてメシを食ったっけ。広東語ネイティブのマーティンだけあって彼のナビは完璧だ。旨い。たらふく食ってコンサート会場へ。今日の会場は古めのクラブ。サウンドチェックを終えたらオーガナイザーで今や最も注目すべきギタリストでもあるオレン・アンバーチ がすごい勢いでやってきて「今からタクシーにのってこのレストランに行け」という。なにを注文すればよいかまで書いてある。もうなすがまま、行って見ると本格的なイタリアンで、確かに旨い。前菜のチーズのジェラートは絶品。しっかし本番前にこんな食っていいのか?

さて会場のほうはというと、もう身動きも出来ないくらいの人、しかもオールスタンディングでロッククラブなみにざわついている。ケンカでも売るような調子でSachiko Mがステージへ出て高音のサイン波を延々と流し続ける。はじめはざわつく会場の音でほとんど聞こえなかったサイン波が10分かけて序々に立ちあがってくる。バーのグラスの音にモジュレーションがかかる。ざわつく人の声もまるで扇風機の向こうの景色のように揺らいでは消え、また蜃気楼のようにかなたで揺らめき出しては遠のいて行く。彼女の音のほうもまた蜃気楼のように様々な表情をみせてゆく。ソロ30分の間、彼女はまっ たく動かず、ほとんどボリュームをいじることもなかったし、出した音はたったの2音のサイン波だけなのが、そのサウンドスケープの変化は、もう劇的だった。聴衆は彼女の音を聴いているのか、会場全体の環境を聴いているのか、あるいはその両方が化学反応を起こしたまったく別の音にさらされていたのか判断不能の状態だった。彼女の音を年中聴いているオレにとってもそれは予想のつかぬ世界だった。今だに彼女や中村としまるを無視することしか出来ない耳の閉じちゃったくせに、批判するために「音響」なんて言葉を持ち出してかえってジャンルを固定したがるような古めの評論家は1度でも いいからこういう現場に足をはこぶべきだと思うけどね。おっとっと、音楽家は黙って音だしてりゃいいんだ、書き手の悪口なんて書いたらいけません、いけません。いけませんよ……。

で、オレのソロ。轟音のフィードバック。最近ソロではこれが気にいっている。ONKYOを期待した耳年増なファンの期待は裏切ったかもしれないが、誤解しないでほしいのは、オレは別にONKYOってスタイルをやろうとしてるんじゃないし、そんなもんを基準にモノを考えているんじゃないってことと、音の大きい小さいも音楽表現の中の選択肢でしかなくて、それはその時やる作品なり会場の環境に応じて音色や音量を設定しているにすぎないってことだ。ただ過去の演奏と根本的に変わったことがあるとすれば、それは「聴く」というスキルが比較にならないくらいアップしたことで、その結果、その環境で聴こえる音をどうとらえるかという視点が飛躍的に広がって、結果的には音の選択はストイックかつややランダムになり、ま気分的には過去よりはるかに自由になれてるような気がするのだ。演奏が終ると、オレンが飛んできて抱きしめてくれる。AMMのキース・ロウとともに世界中でもいちはやく杉本拓や中村としまる、Sachiko Mを高く評価したのは彼だった。ちなみに彼はシドニーの老舗CDショップのバイヤーで、彼のチョイスを信頼している客が沢山ついている。ついでに言えば数年前までは今の彼からは想像もつかないようなおかしな変態バンド「フレム」のメンバーでもあった。その彼の評価はなによりもうれしい。

この日はもうひとつ、ここオーストラリアではちょっとしたニュースになるような組み合わせ、トニー・バックとオレのDUOがあった。トニーとはもう80年代末、彼が一時東京に住んでいたころからの付き合いで、90年代初頭は彼のカットアップバンド「ぺリル」でオーストラリアやヨーロッパを何度もツアーした。地元のオーストラリアでは結構人気があったバンドなんだけど、93年にオレがバンドを辞めて、トニーもベルリンに移住してしまい、その後はほとんど顔をあわすこともなかった。ところが最近になって彼がアクセル・ドナーとやりだしたり、オレのほうもアクセルと活動をともにするアンドレア・ノイマンやアネッタ・クレプス等ベルリンの即興シーンと接近する中で、いつかは こんな機会もあるだろうな…とは予想していた。ぺリル以来9年ぶり…今日沢山の客が来ていたのはこの共演を見るためってのもあったようだ。白髪の増えたトニーの演奏は、9年前の彼の姿を残しつつ、しかし驚くほど素晴らしいものになっていた。とりわけ音色のスキルアップは尋常じゃなく、ドラムのアコースティック楽器としての音響特性をいかし切った上でのアプローチはまさに今アクセルやアネッタ達によってベルリンで起こっている動きに呼応したもので、はっきりと今の欧州のどのドラマーよりも進んでいる演奏だった。オレには彼がなんでそうなったか痛いくらいわかるし、彼もオレの今の演奏がよくわかったはずだ。オレ達にとってこの9年間は単に白髪になったり、体重が増え ただけではなかったみたいだ。トニーとは本腰を入れてまた音楽を作りたい。

@月@日
ブリスベンに1日だけよってデビッド・グラブス等と演奏ののち、今度はシドニーへ。この街に来るのも9年ぶり。僕等はThe Nicksのピアニスト、クリス・エイブラハムスの家にやっかいになることに。知っている人も多いと思うが、彼はオーストラリアを代表するJAZZピアニストであると同時に数々のロックバンドのサポートミュージシャンとしても有名な大ベテラン…だとばかり思っていたら実年齢はオレよりも若いことが発覚。人は見かけによらない。彼のライブラリーに眠る70年代、80年代のオーストラリアアンダーグラウンドの貴重な音源を沢山聴かせてもらった。ちなみに彼が最近一番好きなのメルトバナナ。中身もちゃんと若いや。

@月@日
あの有名なオペラホールがシドニーの会場。サウンドチェック後、早々会場近くのタイレストランへ。旨い。ほんと旨い。また皆でたらふく食べて開演時間ぎりぎりに会場へ。ホールの女性マネージャーがすごい勢いで怒っている。今日もいろいろなミュージシャンの素晴らしかったり、まあまあだったりの演奏とオレのソロと。終演後は看板もない秘密クラブみたいなところで打ち上げ。

@月@日
再びマーティンの案内で今度はシドニーのチャイナタウンで飲茶。オーストラリアは香港系の移民が多いだけあって味は香港そのまま、またたらふく食ってしまった。そのあとファックヘッドのメンバーなんかと買い物に繰り出した時に悲劇が起こった。紀伊国屋書店のはいっている出来たてのビルのエレベーターにWhat is Music御一行10名様が閉じ込められてしまったのだ。非常ボタンをおしても誰もでてこないし、エレベーター会社に携帯から電話しても日曜で休んでやがる。幸いスケルトンだったおかげで通行人が気付いてくれてビルのガードマンがやって来たものの、僕等を指差して大笑いするばかりで大声で「明日までには出れるよ…」なんてジョークを飛ばしやがる。おいおい。ここの奴らは当てにならない。わかった、わかった自力でやるよ。こういうときジェームスボンドやミッションインポッシブルでは天井を開けて脱出することになっているので、ためしに僕等も挑戦するこに。まずは007のテーマを皆でアカペラで歌う。さすが 音楽家集団(しかも多国籍な国際的ミュージシャン集団)。こういう時こそムード作りが重要なのだ。そして登場するのが我らがキャップこと秋山徹次。なぜか彼はいつもスパイ用品を持ち歩いるのだが、それももちろんこういう時の為なのだ。で早速ドライバーのような器具を取り出して天井を開けることに成功。さすがはキャップ。わきあがる拍手。BGMはアカペラ版スパイ大作戦へ。無論僕等は4拍子バージョンの最近のものは認めない。ハードボイルドなスパイは5拍子であるべきなのだ。ちなみにスパイは恋をするのも良くない。さて、天井のふたの中に半身を入れ沈着冷静に作業をすすめるキャップ。盛り上がる5拍子。いや、伊達に僕等は世界を旅しているわけじゃないな…なんておもっているうちに、ガードマンが呼んでくれたエレベーター会社のレスキューが到着。結局キャップは天井の上にさらにある鍵付きの天板をまったくあけることが出来ず…だいたいそこがあいたところで、僕等はどこにも出られる訳もなく、レスキューの人がエレベ ーターを地下まで下ろしてくれて一件落着。ちなみにドアがあくと、そこは地下のイベント会場で時あたかも弦楽四重奏の日曜コンサートの真っ最中。エレベーターのドアはステージ後方にあり、僕等が出てきたとたんに楽団は演奏をやめて会場にいた客とともに盛大な拍手で僕等を出迎えてくれた。ステージ慣れしている国際的音楽家集団である僕等は反射的にその拍手に答えて手を振ってしまい…これじゃジェームスボンドじゃなくてオースティンパワーズだ。トホホ。

そうそうフェスのほうはその後ギュンター・ミュラーのソロがあったり、オレとヴォイスクラックの共演があったり、他にも沢山の名演と素晴らしい時間と、What is Food Festivalの名に恥じない素晴らしいメシの数々で僕等を充分に楽しませてくれるともに太らせてくれた。ちなみにシドニーのベストフードは、チャイナタウンにあるレストラン、スーパーボウル、ここは何を食っても旨い。それからオペラホールに近いタイレストラン(ここの名前はわすれてしまった)。特に魚介類の旨さははオーストラリアならでは。そんなこんなでシドニーの冬を満喫した後、オレはフジロックに出るんで日本へ、他のメンバーはオークランドのフェスに出るんでニュージーランドへ。最後に空港でシンガポール、マレーシア料理のラクサを食べたら、これはハズレ、空港に旨いメシ屋はない。


Last updated: September 20, 2002