今回は5月の中下旬にかけて行われたターンテーブル奏者8人とVJ、それにエンジニアやクルー総勢15名のTurntable hell UK tourのレポートを2回に分けてお伝えします。
Turntable hell UK tour members
turntable
Martin Tetreault (Quebec)
Janek Schaefer (UK from KOMAE)
Marina Rosenfeld (NY)
Martin Ng (Australia/Malaysia)
Stive Nobel (UK/ex Rip Rig & Panic)
Paul Hood (UK)
Lepke B (UK)
Otomo Yoshihide (Tokyo)
video
Ben Drew (UK/from Ninja Tune)
sound
Knut Aufermann (Germany)
recording
Maggie Thomas (UK/France)
produce
Ed Baxter/LMC (UK)
@月@日
スコットランドのスターリン。中世の牢獄で知られる小さい街。ここで今回のツアーメンバー達と顔合わせ。これから10日間、ほとんどの時間を一緒に過ごすことになる。移動は機材車と「あいのり」のバンみたいな15人乗りの小さいバス。毎日数時間車に揺られ、会場について自分達でセッティングし、コンサートをこなし、ホテルにいって…日々これの繰り返しだ。ツアーの始まる前はいつも仮病を使いたくなる。今回は2週間だから楽なもんだけれど、それでもきつい。暗い気持ちでホテルに到着。すでにほとんどのメンバーが先着していて、ホテルのバーでスコッチやらワインやらを手にオレを出迎えてくれる。「Welcome to the Turntable Hell!」。苦笑。みんな同じ気持ちなのね。これから2週間地獄を共にする仲間達にカンパ〜イ。
@月@日
ターンテーブル・ヘルのリハーサル初日。今回のボスはカナダ、ケベックのマルタン・テトロ。オレにとっては音楽の上でも親友と呼べる数少ない人物の一人。彼の誘いならどんなことでもやりたいって気になる。彼と仕事をすると必ず大きな発見があるからだ。
ツアーチームはスタッフも含め総勢15人。クルーは昨年1月オレがキューレイトしたJAPANORAMA UKツアーと同じメンバーで勝手知ったる仲間達。皆ミュージシャンだったりコンサート・オーガナイザーだったりレーベルをやってたりする奴らだ。(JAPANORAMAツアーの詳細はJAMJAM日記のバックナンバーを参照下さい。
http://www.japanimprov.com/yotomo/yotomoj/diary/diary04.01.html)。 で、肝心のバンドは9人編成、映像のベンを除いて、その名の通り全員ターンテーブル奏者、しかもDJと言われるようなビートを出す人は一人もいなくて、そろいもそろって、皆いわゆる、こっちの世界の人間だ。しかも今回はバンマスのマルタンでさえ全員を知らない。ましてやオレはマルタン以外は初対面だったり、面識があっても共演暦のない連中ば
かりだ。例えるなら外国人傭兵部隊に近いのかな。互いに顔も素性も知らないプロの兵隊が集められて、とりあえず部隊を編成し戦場に赴く。DCPRGを例えて菊地成孔がそう呼んだが、あっちは言葉の通じる国内傭兵だとしたら、こっちはイギリス人が多いとはいえ人種も言葉もまちまちな国際部隊の傭兵だ。音楽性が合おうが合うまいが、仲がよかろうが悪かろうが、そんなこととは関係なく、10都市でコンサートをこなさなくちゃ
ならない。
リハはまずはそれぞれがアイディアを持ち寄って、それぞれの曲をやるところから始まる。ヤニク・シェイファーは今回用にスペシャルのレコードをダイレクトカットして2種類作ってきた。中心軸のずれた溝がはいっているドローン音のはいったレコード、無秩序な溝が刻まれて、針飛びしかしないレコード、この2枚を各自が使ってアンサンブルをする。面白そうだ。ターンテーブルの高域フィードバックを武器にするマーティン・NG
は、ほとんど無音の曲がを作ってきた。彼はオレン・アンバーチなんかと共にシドニーの若手即興シーンの中心人物で、MEGOからのリリースでこの界隈のシーンに登場、東京の音楽シーンについても詳しい。ちなみに彼はオーストラリアとマレーシアに国籍を持つマレーシア系中国人で、英語と広東語、そしてトイサンと呼ばれる中国の方言、それにマレー語を話し、本業は、国際学会にも度々呼ばれるような大学病院の心臓医でもある。
@月@日
コンサート初日。会場は1997年GROUND-ZEROのラストツアーの際に演奏したスターリンのアートセンターThe Tolbooth。97年の時点では、公民館って感じのボロボロの会場だったのに、今回は見違えるくらいのポストモダンっぽい会場になっている。中世の石作りの建築をそのまま生かして全面改装したとのこと。ここのキューレイターの美女ジャッキーに訊いたら、なんでもGROUND-ZEROが演奏した時の騒音が切っ掛けになって、建物を全面改装したらしい。「もうどんな大きな音で演奏しても大丈夫よ」。たしかにGROUND-ZEROの時は音がでか過ぎて近所のレストランが閉まるのを待って演奏を始めたっけ。
で、肝心の演奏のほうは…う〜ん、なんか皆のアイディアがバラバラに演奏されているだけで、いったいこのバンドで何をやりたいのかってことが今一見えない半端な感じ。唯一マルタンの作った作品「カートリッジ・ファミリー」だけが機能している。マルタンが自作した模型のモーターにレコードを乗せるだけの高速回転のチープなターンテーブルと、これまたマルタン自作の剥き出しのカートリッジだけがぶらんと線にくっついているだけのオブジェみたいなちっこいモノ、これをレコードにあてるとすごい音が出
てくる。味わいも深みもなくて、見た目のとおり剥き出しの物質の音。これはすごい面白いしマルタンらしい。しかしコンサート全体はすげえ不満だなあ。どうするマルタン。
@月@日
2日目。ニューカッスル。どうにかコンサートらしくなるも、まだまだ不満。とはいえ、皆そろそろ打ち解けてきて、演奏が終わってホテルに戻るとドライバーのロブの部屋に集まって、夜中までもくもく煙をたてながらスコッチを。下戸でタバコも吸わないオレは、水をちびちびやりながら半分以上理解出来ないイングリッシュジョークの洪水に付き合うことに。ツアーの一番の楽しみはこうした時間だ。
@月@日
3日目。フル。かなりの田舎街。会場のロッククラブにつくと、ティーンエイジャーのバンドが誰もいない会場で全力で演奏している。1970年のファションに身を固め、ちょいグランジがかったロック。小屋にはいったとたんに、まるでタイムマシーンで70'sに引き戻されたか、さもなくば、映画のワンシーンを見ているよう。僕等が楽器を運び込もうとすると、すごい形相で小屋の中央にあるラジカセを指差し、録音中だから1時間ほど待ってくれという。なんでも、彼らに大手のレコード会社のプロデューサーが声を掛けたそうで、メジャーデビューのチャンスなんだと、1歩も引かない。今日中にデモテープをつくらないとチャンスを逃すとかで、とにかく彼らは滑稽なくらい真剣そのものだ。そんなことは知ったこっちゃないが、追い出しても出て行きそうにない。なにしろ彼らにとっては一生がかかっているわけだ。OK。僕等は笑いをこらえながら先に食事をとることに。いつかイギリスのフルという街出身のロックスターが出てきたら、それはきっとこの青臭いガキどもだ。ま、どうでもいいけどね。そんなわけで大幅に遅れて演奏開始。この日はロッククラブだったせいもあって演奏はいい感じに熱くノイジーになり、今までよりはなんとか形になってきた。オレも客の熱気に押されて久々にテーブルを倒したりして大暴れしてしまった。ニンジャチューンのメンバーでもあるVJのベンがすんげえうれしそうに暴れてるオレを見てる。あ〜なんだか乗せられてるなあ。クソ、こんな感じでまとまっても、客に大受けしても意味がない。オレにとってはすでに過去にやってきたことだし、せっかくの新しいメンバー達との中でやるべきことはもっと他にあるはずだ。反省。
@月@日
マンチェスター。この街にはいるなりオーガナイザーのエドから絶対に車の中には荷物を置かないように言われる。会場は1940年代からジャズやロックンロールのクラブとして有名なBand of Wall。確かに雰囲気のあるいい会場だ。楽器を運び込んだとたんに、運転手のサイモンが飛んでくる。助手席のガラスが割られて、ちょっとした小物やTシャツなんかが盗まれてしまった。こともあろうに僕等に注意したエドが小さい鞄を置きっぱなしにしていたのが原因。一同苦笑するしかない。
セッションギターリストでもあるサイモンはこの街には何度も来ていて友達も多い。友達のプッシャーがいるからほしけりゃいつでも言ってくれよ。なんて言ってたサイモンもプッシャーから預かった大切なブツをごっそり盗られてしまった。あなどれないぜマンチェスター。
さすがにコンサート4つ目ともなると、音楽的にはなんとかなってくる。コマエというグループで微細な音響を扱うヤニクの繊細でミニマルな自作のレコード盤を使った作品がいい感じになってくる。わたしの作ったターンテーブル奏者8人が全員でフィードバックする作品もなんとなく姿が見えてきた。ベンの映像ともかみ合ってきた。1歩前進。
@月@日
唯一のオフ日。と言っても数時間車に揺られて移動後のオフなのでありがたみも半減。夜、今日はヤニクの部屋がパブルームだ。緊張がとけたのかマルタンが珍しくいい感じになっている。いつもは可笑しいくらいシリアスで、でもどこか達観したようにのんびりしているマルタンだけど、今日は糸の切れた凧みたいだ。いい機会だからと、彼の若い頃の話を聞き出したら、これが予想に反してすごい内容だった。オレはてっきり真面目な美術系の学生かなにかをしていたに違いないとふんでいたのだけれど、美学生には
違いないが、とんでもないアウトローな人生で、あんなに穏やかな今のマルタンからは想像もつかない内容。もうあまりに面白いんで、書きたくてうずうずしているのだけれど、ちょっと書ける内容じゃない。やつのあの独特のオレの人生をも変えてしまうくらいの音楽の背景に若い頃のワルだったマルタンのテイストがちょっとは入っているのかと思うとなんだか嬉しくなる。ちなみに、オレが今の音楽の方向へ大きく舵を取る直接の切っ掛けになったのは、1997年にイタリアで見たマルタンの演奏だった。レコードを1枚も使わずにカートリッジとターンテーブルのモーター音だけで、なんの起承転結も
なく行われた彼の演奏が、先の方向を見失いかけていたオレにとってどれだけ大きかったことか。その後も僕等は互いに影響を受け合い、時に厳しく批評し合いながら今日に至っている。彼の存在なくして今のオレの音楽はないと思っている。ありがとうマルタン。
@月@日
コルチェスター。イギリス最古の街らしい。がそんなことは一切関係なく、僕等は会場に到着し、黙々と楽器をセッティングし、サウンドチェックをし、コンサートをこなす。ところで今回サウンドエンジニアをしてくれているドイツ人のクヌートはエレクトロニクスのコンポーザーで、フィードバック研究の大家でもある。彼が責任編集したイギリスのレゾナンスマガジンの最新号はフィードバックの特集で、特に付録のCDには彼が発掘したジョンケージとチュードアによるフィードバック演奏の未発表音源が入っていたり、日本からも中村としまるが音源と文章を寄せていてして資料的な価値の高い内容になっている。今日から録音エンジニアとして加わるマギーは、レコメン系、特にクリス・カトラー関連の作品を数多く録音してきた人で、彼女からも面白い話を沢山聞くことが出来た。彼らとの仕事は楽しいし有意義だ。
今日は客席がちとさびしかったせいもあるが、何かがうまく行ってない感じが演奏中もずっとしていた。無論それぞれの作品のクォリティは演奏毎にあがっている。でもはっきり何かが足りない。演奏しながらそのことがずっと引っ掛かりつづけた。問題はいい演奏をすればいいかって話じゃなく、このバンドがどんな世界を作りたいのかって話で、現時点では8人各自の作品を演奏するスキルが毎回向上しているだけでしかない。終演後マルタンと2人で話し合う時間をつくった。マルタンはリーダーの作りたい音楽をやるのではなく皆の音楽が生きるようなバンドにしたいと考えている。そのことは彼の運営方法をみてればわかるし、そもそもマルタンはバンドのリーダーをやるようなタイプではないことを自覚していて、自分はキューレイトはしたがリーダーなのではなく音楽は皆で作りたい…と言っていた。ただ理想はともかく、8人のメンバーの平等な共同体なんて、そもそもそういう仕掛けを仕組まなければ絶対に実現しない。仕掛けとは理想を伝えることではなく組織を機能させるための具体的なシステムを作ることなのだ。リーダーシ
ップとはなにもカリスマある主人公が脇役を生かしてゆくことではなく、具体的なシステムを運用する能力のことだ。オレはしばらく考えた後マルタンにこう伝えた。
「このバンドには何か決定的なものが欠けている。それがなければ僕等が面白い音楽とは思えないような、重要な何かが。オレにもその正体はよくわからないけれど、マルタン、あなたがそれがなんなのか考えないと、これ以上にはならいと思う。明日のロンドン公演までに、それがなんなのか考えてほしい。皆の意見を聞いて全部採り入れるってのはもうこれまでの5公演で充分やったから、このあとはマルタンがなんで僕等を集めたのか、その答えをちゃんと出してほしい。」
この日マルタンはパブルームにちょっと顔を出しただけで、すぐに部屋に戻ってしまった。
次回につづく