Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2000年3月)

(フリーペーパー「Tokyo Atom」に掲載。)

@月@日
昨夜から39度の熱がさがらない。かかりつけの町医者にみてもらう。「扁桃腺! 去年も一昨年も、この時期扁桃腺はらしてるねえ」カルテを見て苦笑してやがる。毎年これだ。次に生まれる時は丈夫に生まれたい。「ライブがあるんで、なんとか熱だけでも…」。久しぶりのNEW JAZZ QUINTETのライブだってのに。かろうじて解熱剤で持ちこたえてライブをこなす。リハも満足にできなかったうえに、本番も意識はモウロウ。なのに、あとでテープを聴いてみると、こういう時にかぎって良い演奏なんだよなあ。意識ってなんなんだ?

@月@日 NEW JAZZ QIONTETのレコーディング。オーバーダブや編集といった、いつもなら当たり前のようにやっている録音の方法を一切使わずに、今回は一発録りにこだっわった。録音技術で後から音響をつくるのではなく、あくまでアコースティックの音場での音の響きあいを聴きながら、即興演奏で音楽を作ることにこだわりたかった。オレにとってのJAZZとは、そういうものだと思うからだ。試みがうまくいったかどうかは、いつか発売になるこのアルバムを聴いた人が判断してくれるだろう。

@月@日
相米慎二監督に食事にさそわれる。監督とは前作「あ、春」でサントラを作って以来2年ぶり。一対一で話すのは初めてだ。会うなり「なんだお前おっさんになったなあ」。「いいんです、おっさんはおっさんらしくしないと」。食事といっても次の作品の為の作戦会議を兼ねる。今度はロードムービーだ。主演はなんと…おっとこの先は言ってはいけなかった。でも、めちゃやる気がでるキャスティングに台本たぞ。撮影前から音楽の打診があるのはこの世界ではめずらしい。つらつらとさんざん音楽のアイディアを話した挙げ句、なんとどうやら映画の進行とオレのスケジュールが合わないことが発覚。が〜ん、ショック。「監督、いつもみたいにいろいろごねて、撮影延ばして、録音時期を1、2カ月ずらしてよ」っていったら「馬鹿野郎!」だって。あ〜他の奴にやらせたくね〜な〜。

@月@日
ニュージーランドに飛ぶ。ちょうど東京の9月くらいの気候。着いた途端に花粉症がぴたりと止まった。あぶらぜみとつくつくぼうしを足したような不思議なセミの鳴き声があちこちから聞こえてくる。年がら年中旅ばかりしてると、悲しいことに、どこに行っても、新鮮な驚きを感じなくなってしまうけど、聞いたこともない音に出くわす時だけはさすがに五感が開く。セミの声に誘発されて、なぜか初めて日本を出た時のことを思い出した。ちょうど20年前、車がほとんどなかった中国の小都市の夜の音響。行き交う人々のざわめきや足音の細部までが、見事な遠近感とともに聞き取れる微妙な都市の音は強烈にセクシーだった。あの時のあの音は、もうどこにも存在しないのか。ニュージーランド初日は南島の街クライストチャーチの古い美術館でのソロ。60Hzの低音で建物自体がものすごい共鳴を起こして美術館中の窓ガラスが何百ものシンバルのような大音響を奏でてくれる。ひとつひとつのガラスの共鳴のうねりが、あのセミの声のようでもあり、20年前の中国の小都市のざわめきにも聞こえてきた。あの街に行かなくては。


Last updated: March 21, 2000