人が "うた" を必要とするのは、人が、いきものだからだ。いきものが、生まれて死ぬ間には、良い事や悪い事や悲しいことや途方もないことが、山のように起こっては消え、また立ち起こるものである。人は、その度にいちいち悩み、焦り、悶え、あげく、答えは、とうとう見付からないまま、一生を終えたりする。途中で、自分で死んだりもする。
ようするに、今も昔も、"人間といういきもの " は、一体全体何なのか、このこと自体が、はっきりしない限りは、人は "うた" を作り続け、歌い続けることを止めることができない。
というような出自の "うた" が有る。私は、このような " うた " は、おそらく文学の一形態だと思っている。極端に言えば、例えばポエトリー・リーディングの様な表現と、コアな部分で、同源だと思っている。とにかくはじめにコトバ有りきというところで。特に演歌や、日本のフォーク/ニューミュージックの一部なんかには、強くそう感じる。文学の世界で例えるとすれば " 自然主義 " あるいは、" 写実主義 " か。いや、やはり四畳半フォークなんかは、文字通り " 私小説 " か。
それに対して、いきものとしての人間とか、生き様とか、人生の不細工さとか、そういう現実とは、違った場所にリアリティを求めるような、" 私小説" 的うたものとは距離を置いたような、一連の、" もうひとつのうたもの " 世界が存在する。そこには演歌に見られるような情念世界が、詞に込められることもなく、心情吐露のようなウェットな感情も無い。そのかわり、夢のような出来事をひたすら端々と叙事的に、歌っていくかのような、そんな "うたもの" も、確かに存在するのである。
古くは、服部良一、もう少し後の時代の中村八大、浜口庫之助、さらには、'70年代以降のヒットメーカーである、筒美京平、都倉俊一、阿久悠各氏等の諸作品には、あきらかに、そのような、"もうひとつのうたもの" の系譜に連なる風情を感じる。虚構の時代に生きる人間の、ほんとうの幸せというものは、" 虚構の楽園 " を求め、望み、歌うことでのみ得られる。そのことを彼等は皆、良く承知していたに違いない。彼らが、一様にどことなく覚めたような眼差しを見せるのは、偶然ではない。そして、日本語による " うた" の系譜の中に、" 浪漫的 " な要素が見出される場所が有る、とするなら、まさにここ以外には無いだろうと思う。はじめに、ファンタジー有りきだ。
アメリカン・ポップスやフレンチ・ポップスなどに影響を受けつつ、日本の流行歌は、独自の発展を遂げた。文字通り、星の数程生み出された、沢山のうたは、時代によって歌われ、また、歌われることによって、時代をより鮮明に形作っていったが、そのようなうたの生成変化の過程において、前述の、プロフェッショナルな、ヒットメイカー諸氏の功績は、実に計り知れないものがある。
我々を含めた、現在の " うたもの " と呼ばれる? 音楽家の多くは、こうした先達の作家の恩恵を、直接的、あるいは間接的に受けている。そのことはもう、どこにも否定のしようが無いはずだ。また、この傾向は、所謂 " うたもの" の連中だけではなく、むしろ、全く表現形態を異にするようなアーティスト達(ノイズ・アーティストや、現代音楽家、ハードコア、パンクス)に、より強いような気がする。最近では、不失者の灰野敬二氏の " 哀秘謡 " が、なんと堀内孝雄の " 君の瞳は1万ボルト" をカバーしたり、大友良英氏が山下毅雄をリメイクしたりしているが、決して意外なものでは無いのである。彼らは、歌謡曲やポップスというものに対し、とても深い部分で共鳴し、コアなところで本質を突くことができるので、凡百なポップアーティストなどより、数倍純度の高いポップスをつくることができるのだ。ジャックスの早川義夫は、浜口庫之助をヤリ玉に上げた曲なんか作っていたけれども、彼自身は熱心な歌謡曲リスナーだったし、彼の作る曲も、私は全部歌謡曲だと思っている。早川氏の流れに連なる、あがた森魚氏や、彼のバックを務めていた、はちみつぱいの音楽からは、羅針盤という私のバンドは、多大な影響を受けているのだが、こういう人達の詞や曲を通して、戦前や、大正時代の流行歌なんかを追体験できたことにも感謝している。
プンプンと " アングラ臭" を漂わせた特異な歌詩で突如あらわれた、はっぴいえんども然りだ。松本降氏の " 詩 " は、端的に言って、当時の前衛だった。当時の前衛だったが、そのクセ、どこかロマンチシズムをたたえてもいた。その部分に、とても大きな魅力を覚えた。
ともあれ、日本で生まれ育った我々の体内には、どうしようもないくらい " 日本のうた" " 日本のメロディー" のようなものが住みついてしまっている。作家性を超え、時代を超えて存在する、多くの名曲たちには、限り無く、インスバイアされ続けている。
昔、大嫌いだった " 神田川" 系の、所謂 " 四畳半フォーク" にしても、もしかすると、このメロディーこそが、日本独自のオリジナルなのかもしれないなどと、最近は、考えたりしているほど " なのです"(笑)。
FLYER NO. 46 JAN / FEB 2000
特集「ITS ROMAN-TIC 浪漫チックが止まらない!日本の歌謡曲 / ニューミュージックが持っていた"浪漫感" について」