私らの入学した高校は、当時、大阪府内で一番野球が弱いことで有名だったが、野球部にはそれにもかかわらず40名ほどの部員が居た。もちろん頭髪なんかは自由極まりなかったので、ボウズにしている部員の方が少なく、長髪あり、茶髪あり、さすがにモヒカンやドレッドなどはいなかったものの、さしずめ、学園野球マンガに出てくる、どうしようもない不良野球部のような様相を呈していたものである。
さて、入学して間もないころ、早々にクラスの野球マニアの仲間と、高校野球やプロ野球に関する情報交換の日々を送っていたところ、クラスに居た野球部の山口という男が、ある日、私らの机の上へドサッとぶ厚い資料ファイルを置いて、うす笑いを浮かべている。優越感とも何ともいえない表情で私らを見下ろしているので、「何だ」と言うと、彼は「この学校の、野球部創設以来の全資料がここに有る。」と、得意気に言う。我々は驚いて、これをどうやって調べたのだと問うと、入学前に学校の図書館や、新聞社へ問い合わせたりして資料を全て集めたという。その膨大な資料を手に取りながら、改めておそれ入ってしまった。本当に野球部ができてから約60年間の、ほとんど全ての試合(練習試合も含む)、部員についての詳細なデータ、野球部のエピソードなどが、完璧にコピーされ、ファイルされている。我々は感心し、感動したが、同時に、こいつはアホではないかとも思った。
山口は、本格的な野球マニアだった。私らは、せいぜい学生野球、プロ野球に興味が有って、楽しみながら、それぞれのヒイキのチームの情報を集めている程度だったが、こいつの場合、その興味の対象は、社会人野球やリトルリーグ、メジャーリーグ、マイナーリーグ、果ては草野球(クラブチーム)にまで及んでいる。それこそ、ありとあらゆる、野球と名の付くものには全て首を突っ込まないと気が済まないらしかった。
でも、それなら何故、こんな野球無名校に入学したのかと問うと、ここならレギュラーになって、公式戦に出られるかもしれないと思ったという。山口は、野球の「実技」は苦手だったのである。というより、明らかに猛烈に下手だった。体育の授業で野球をやったりすると、普通の学生、例えば囲碁部やE・S・Sの連中などより下手だった。上背があまりない(168cm)ので、バッターボックスに立っても、威圧感がないし、パワーもない。選球眼も良くない。おまけに小兵のクセに、走るのが遅いので、これでは、いくらうちの野球部がレヴェルが低いといっても、レギュラーを取るのは無理なように思われた。でも、彼は、野球が好きだという気持ちだけは、だれにも負けていなかった。(おそらく日本一)なので、他の野球部員も、なんとなく山口には一目置いていたものである。
夏のある日、我々クラスの一般の野球マニアと山口とで連れだって、学校の近所に有った鉄工所の、クラブチームの専用球場へ試合を見に行った。行こうと誘ったのはもちろん山口で、我々は、バックネット裏でイスに座って見ようとしていると、山口の姿が見えない。オーイと叫ぶと、外野後方の草ムラの方から、小さくオーイと応える彼の声がきこえた。我々が、小走りに外野の方へ行くと、山口は、腰をかがめて何やら必死になって探している。何を探しているのだと問うと、ボールだ。ボールを拾っているのだ、と言い、もう既にこんなに見つけたと、コンビニの袋の中を見せる。袋の中には泥だらけの硬球が五個入っていた。彼は毎週末ここへ来て、野球を見がてら、こうやってネット越えしたボールを拾っているのだという。これを家に持ち帰って、丹念に磨くのが、もう無性に楽しいらしい。グラブなんかも、何度も何度も油がけしたり、皮ヒモを全部ほどいてバラバラにして、ひとつひとつのパーツをとことんまで手入れしないと気が済まないそうだ。バットなど、材料を選ぶため、四国の高知まで業者を訪ねて、一緒に木を見に山へ入ったりするという徹底ぶりである。ここまできたら、最早マニアを超えて「フェチ」の部類だろう。ここからはどうやら我々の関与する領域ではないように思われたので、以来、山口とはなんとなく疎遠になってしまった。
卒業する年の終わりに、山口と、あともう一人の野球部員が、南海ホークス(現ダイエー)の入団テストを受けたことが、学校中の評判になった。皆とても驚いた。学校中で一番野球の下手な人間(もう一人も三年間ほとんど補欠)たちが、あろうことかプロのテスト受けたという狼藉、これに皆、感動した。ロマンがある、と思った。でも違ってた・・・。二人がテストを受けた次の日のスポーツ新聞には、小さく南海の新人テストのことが載っており、そこにはなんと山口と○○のユニフォーム写真と、インタビューの記事が付いていた。見出しは、「あきれたヒヤカシ受験高校生」と書かれていた。遠投75メートル、50メートル走8秒フラット、守備力ゼロ。おまけに二人とも強度の乱視。毎年ヒヤカシで受験する高校生や、草野球のエースや、スラッガーたちがやって来るが、この二人は、あまりにも酷い。まるで素人もいいところで、これで本当に野球部員かと疑いたくなってしまった・・・と、だいたいそんな風な記事だったと思う。学校名もちゃんと載っていて、恥ずかしかった。写真の山口は、ニコニコしてとても幸せそうだった。おそらく彼のことなので、南海のロッカールームの中で色んなマニアックな事や、ややこしいことをしていたに違いないが、そういうのも野球の楽しみ方としては正解だろうし、山口みたいなのも十分立派な高校球児なんだと、今ならそう思えるようになった。
2000年5月 @nifty「Mudex」 掲載