Improvised Music from Japan / Seiichi Yamamoto / Information in Japanese

山本精一の野球応援歌 vol. 1

野球の極北から極北へ


 名実ともにプロ野球のナンバーワン監督、元南海ホークスの鶴岡(旧姓山本)一人氏が崩御された。氏は盟友、三原監督とともに、プロ野球そのものの基礎を築いた人である。今有る、ファーム制度やスカウト、先乗りスコアラーといったプロ野球を運営する為に欠かせないシステムをメジャーリーグなどから積極的に採り入れ、確立させた功績は、はかり知れない程大きなものだ。氏の物故によりプロ野球は確実にひとつの時代を終え、同時に新しい世紀を迎えることになる。心から合掌。

 それにしても野球の魅力というか、魔力というものは、ただ事ではない。一体野球のどこにそういう力が潜んでいるのか。ただ球を投げて打つだけの遊技を超えた何かかが、そこには有るわけなのだろう。そうでないなら、いい年をした大の大人が、家庭を一切省みず、一生を棒に振りながら、ひいきのチームにいれあげるようなことになるはずがないではないか。

 私は毎年、家から近いせいもあって、春と夏には甲子園に高校野球を見に行っているのだが、そこには、一般の人間社会では、とてもお目にかかれないような人たちが居る。いわゆる「高校野球狂」通称「甲子園マニア」と呼ばれる人種である。この連中に較べれば、私などまったくの子供というか、シロートもいいところだ。彼らは、文字通り生活の一切合切を「高校野球」に捧げている。

 マニアの間には、ちゃんと社会が形成されていて、その中で「棲み分け」が行われているのは驚嘆すべき事だ。皆一様に猛烈な高校野球ウォッチャーなのだが、各人の野球の見方、楽しみ方によって、観戦する場所が異なるのである。そして不思議な事に、そのそれぞれの場所に生息するマニアたちの風体が、とても似通っている。まさに今西進化論における「カゲロウの棲み分け」を見るようだ。

 バックネット裏から、試合全体を俯瞰するようにオペラグラスなどを片手に、渋く観ている一団は、マニアの間では「バックネッター」と呼ばれている。彼らは年配者も多く、それだけに野球知識も、観戦のキャリアも半端ではない。席が近いからだろうか、プロのスカウトなんかとも親交があったりする。この連中は夏でもキチッとした身なりをしている。経済的にも余裕があるのだろう。

 一、三塁側のアルプス席に陣取るグループは、特に名称は付いていない。ここは各学校の応援団の席なので、そういう独特のノリを求めるマニアたちが集まる場所だ。私は「高校マニア」でもあるので、ここに観戦の本陣を敷いている。アルプスのノリは一種異様で、特に地方の旧制中学の流れをくむ伝統校などが出場した時には、それこそ並の熱狂ではない。もう一回から九回まで、いや、試合が始まる数時間前から、終了した数時間後まで、発狂した様に盛り上がっている。試合に勝とうものなら、スタンドは無法地帯と化す。県知事やら市長やらも来ているのに、まったくの治外法権なのである。だいたい件の知事やなんかが率先して、集めたゴミを頭から被ったり、昔の軍服を着て、進軍ラッパを吹いたりしているのだから、物凄い光景だ。プロ野球でも観られない、これが高校野球のダイゴ味なのだ。ここのマニアたちは、こういうメチャクチャな状況に身を置くことに幸せを感じる連中なのだ。なので、野球そのものを観るというより、応援風景を楽しみに行くといった方が近いだろう。年令は比較的若い者が多いようだ。服装は地味である。

 さて、外野スタンドの最上段を、ごくたまにカメラが映すときに、そこに横一列に並んだ、ハダカでステテコの奇妙な老人の一群を見つけることがあると思うが、この人々こそ、マニアの最高峰「風クラブ」のメンバーなのである。この方々は別格だ。我々下々の人間とは、まさに住む世界が違う天上人たちなのだ。「バックネッター」よりもさらに年令は高く、野球道をきわめた仙人といった風情である。その野球知識たるや、とても凡人の及ぶところではなく、バックネッターが孔子だとすれば、彼らは老荘の趣がある。外野スタンド最上段は、座席と、その上の看板の間から、実に涼しい風が吹き込んで来る。真夏の炎天下の甲子園の、一番の特等席をひとり占めにして、仙人たちは静かに戦況を見つめ、莞爾として微笑むのである。

 今年も間もなくセンバツが始まる。私を含めたマニアたち有象無象は、また何かに引かれるようにして、あの蔦の館へ足繁く通うことになるのだろう。たしかに甲子園には魔物が棲んでいる。高校球児や、トトカルチョのおやじたちは、まったくあずかり知らぬところで、「魔人たちの甲子園」が始まる。

2000年3月 @nifty「Mudex」 掲載


Last updated: March 10, 2001