Improvised Music from Japan / Seiichi Yamamoto / Information in Japanese

処女作 - ミュージシャンのデビューとファースト・アルバム-

ハース・マルティネス

Hirth From Eath (Warner Bros. B2867, 1975 / ワーナー, WPCR1435)

 学生の頃、ザ・ポップ・グルーブまがいのデタラメなジャム・セッションの後、メンバーの家に泊めてもらい、そこで初めて『ハース・フロム・アース』を聴いた。たしか1980年の秋頃だったと思うから、かれこれ20年も前のことである。作品自体の発表は、さらに5年さかのぼって75年だ。

 1曲目の「オールトゥゲザー・アローン」を聴いたときの新鮮な驚きは、未だ忘れることができない。
 ボサ・ノヴァ独特の燦めくようなコード・プログレッションの上へ極上のメロディーが漂い、そしてその間隙をぬうように、風の音を模したモーグ・シンセが吹き上がる。アメリカン・ルーツ音楽の最良の部分と、ラテン音楽の持つ粋が、とても見事にブレンドされ、そこにシンセサイザーの音を加えることによって、曲生体に、神秘的でクールな奥行きが与えられているのである。この曲の歌詞は、人間の孤独と、その孤独に向き合う自己との対話を描いたものだが、絶対的で、それ故に親しげな " 孤独 " の投影として、UFOらしき物体が窓の外にあらわれる。シンセの風の音は、ときおり宇宙船の飛来音にも感じられ、その意味でもとても効果的なアイディアだ。

 さて、このアルバムは、全曲すばらしい出来なのだが、僕は特にこの曲や、3曲目の「ジンジ」、6曲目の「イット」、ラストの「ユー・アー・ア・スター」なんかが好きだ。ハース・マルティネスのヴォーカル・スタイルは、大きく分けて、静かでファンタジックな曲は " ニルソン風 " 、アップ・テンポでロックっぽい曲は "ドクター・ジョン風 " なんだけれど、例えば5曲目の「カミン・ラウンド・ザ・ムーン」なんかは、少々ムリしてダミ声を作ってる感じがして、辛いものがある。キラキラと美しく、でも甘ったるくはなく、不思議なダンディズムを湛えた彼のうたは、ストレートなロック・テイストの曲よりも「オールトゥゲザー・アローン」のような曲調の方が映えると思う。「ユー・アー・ア・スター」のヴォーカルなど、本当に絶品だ。質感的には、同時期に作られたザ・バンドの「ラスト・ワルツのテーマ」なんかに通じる雰囲気があるものの、まさに、ハース・マルティネス独特のモダンで小粋な世界が、うまく表現されている。

 ところで、この人の存在というのは、アメリカの音楽シーンの中で、一体どのあたりに位置するんだろう。このアルバムのプロデューサーがロビー・ロバートソン、2作目の『ビッグ・ブライト・ストリート』がジョン・サイモンということもあって、僕はてっきり彼のことを " ウッドストック周辺の人" だと思っていたのだが、最近のインタビューを読むと、ウェスト・コーストの人だというので驚いた。ミュージシャンの一家に生まれ、幼い頃から様々な音楽に親しんで来た彼の音楽が、多分に " 折衷的 " なものになっていったのは自然なことだったろうし、そこにこそ、ハース・マルティネスという、ミュージシャンのユニークな面白さがあるのだが、いわゆる " ウェスト・コースト" のアーティストという感じはしない。カラッと乾いた手ざわりはあるけれど、ウェスト・コースト特有の、あの " 軽さ" みたいなものがない。じゃあ、もっと南の方の音かというと、そうでもない。決して " スワンプ " ではないし、彼のキャラクターやうたの世界は、" アーシー" なものからは最も遠いところにある。

 そう考えてみると、ハース・マルティネスが一番しっくりくる場所というのは、やはりウッドストックなのだと思えてしまう。ディラン経由で、ロビー・ロバートソン、さらにジョン・サイモンと繋がる " 幸運の人脈 " は、ほとんど偶然によるものだったそうだが、僕はこのことを単なる偶然とは思えない。ハース・マルティネスが畢生の名作をつくるにあたっての " 時代からの要請 " であったとしか、考えられない。それ程、彼らとの出会いは、必然的な意味をもつものだ。

 アルバムを通して聴かれるシンセや、奇妙なギター・ソロ、おかしなリズム・アレンジ、これらは皆、おそらくロビー・ロバートソンのアイディアだろう。まったくセンスのかたまりのようなアレンジ・ワークだ。そしてそれらの " 隠し味" が、このファンタジックな作品の中の大きな要素となっていることは、疑うベくもない。ハースとロビー、ふたつのユニークな個性が、理想的な形で出会い、結び付いたとき、そこに時空を超えた傑作が生れた。『ハース・フロム・アース』は、優れたコラボレーション・アルバムなのである。

山本精一

ミュージック・マガジン社レコードコレクターズ3月増刊号
「処女作 - ミュージシャンのデビューとファースト・アルバム- 」1999年


Last updated: March 10, 2001