私は、「プログレファン」ではない。「専門雑誌」とかもあまり読んでない。なぜなら、今さらながらに、70年代のプログレッシヴロックを懐しみ、いとおしむなんていう姿に、少くとも「プログレッシヴ」なものを感じられないからだ。だいたいプログレファンっていうのは、センスが悪いのが多く、変なヨーロピアン志向だとか、アート屋志向、ゴシック趣味なんかに走る傾向が強い、そういうイメージが、廻りの連中を見ていていつも有った。
だが、プログレッシヴロックと呼ばれた数多のバンド/アーティストの中でも、本当にスゴイ、本来の意味においての「プログレバント」は、ひと握りだが存在したのだ。私はプログレファンではないが、モノの善し悪しは分る方なので、こういう良質のバンドは、ジャンルなど超越して、アンテナにひっかかってくるんである。音楽っていうのは、全部元は一緒なので、たとえ、表現形態はどうであれ、受け入れる側の、感度さえちゃんとしているなら、良いモノはどんどん受信できる。
カン、ノイ、マグマ、ファウスト、グルグル、キング・クリムゾン、バンダーグラフジェネレイダー、ゴング、アモン・デュール、タンジェリン・ドリーム、そしてアレア。今、こうして並べてみただけでも、何やら強烈な個性によって自己主張してくる連中ばかりだ。やはり、このくらいのレベルでないと、おいそれと「プログレッシヴ」なんていう冠は付けられないと思う。しかも、ここにあげたアーティストたちは全て、現在の音楽界に対しても、充分有効だ。70年代後半から80年代初頭のニューウェーヴから、昨今はやりのトランス系テクノハウス、ロウファイや、ネオハードコア等にまで、その影響を見ることができる。これでこそ、真のプログレではないか!!ヴ、ナロード!!
また、私は、これらスグレモノバンドの中でも特に、アレア、マグマ、ゴングを指して、「御三家」、または、カン、グルグル、ファウスト、アレアというラインナップで、「四天王」と呼んでいるのだが、特に意味はない。しかしながら、アレアが、どちらにも選ばれていることに注目して欲しい。これは、どういうことかというと、私は、大変アレアが好きだということなのだ。
さて、このCDは、ライヴアルバムである。資料によると、アレアが、1975年に行ったイタリア国内ツアーのうち、ミラノでの「若き労働者の祭典」、ナポリでの「ルニタ祭」、リミーニでの「若者の祭り」、レッジョ・エミリアのコムナレ劇場でのライヴをまとめたものだ。当時の多くのアーティスト同様アレアのメンバー達も、多大なコミュニズムの影響下にあった。そうした状況を反映した、イタリア共産党主催のイヴェントに彼らも良く出演していたようだ。中ジャケのライヴ写真を見ると、ヒッピー(いや、イッピーか?)風の連中とかも写っていて、なんかとても微笑ましいというか、時代性を感じる。同じ共産党でも、我が国のそれとは、ずいぶんと雰囲気が違うようだ。ラストに入ってる「インターナショナル」は、やはり、そんな彼らの、コミュニズムに対するオマージュなのか、まるで念仏を唱えるように演奏される。だが、アレアというバンドのダイゴ味は、そうした思想性うんぬんよりも、演奏自体、出す音自体の凄さにある。とにかく、各楽器の音の可能性を、最大限に引き出しているし、それを、バンドというアンサンブルの中で、的確にちりばめることに成功している。これを敢えて「テクニック」とは呼びたくない。テクニックや、センスといったものを、もっと超越した、ある種高等なものを感じる。1曲目の「7月、8月、9月(黒)」は、御存じアレアの代表曲で、彼らのテーマ曲だが、オープニングにふさわしい、大変キャッチーなフレーズが印象的だ。こうしたポップな曲を作れるというところも、彼らの強みである。歌詞はともかく。
デメトリオ・ストラトスの歌については、今更多言を要さないと思うが、やはりスゴイ。この人の声には独特の響きが有って大変面白い。モノフォニックではなく、ポリフォニックな声だ。まるで、ハーモナイザーをかけたように、色々な音程の声が同時に聴こえる。そしてさらにそれが、ボイスチェンジャーをかけたように、自在に変化する感じだ。このヴォーカリゼイションはまさに唯一無二のもので、彼の唄またはヴォイスパフォーマンスは、アレアというバンドの、非常に強力な個性を、さらにひきたてている。
2曲目の冒頭で、ピアノのパトリツィオ・ファリセッリが、リンゴをうまそうに食べる音が入っているが、こうしたコミカルなセンスもまたアレアの魅力だ。この曲自体は、猛烈な難度を誇る、彼らならではのジャジーで、且つ、素晴らしい構成力を存分に発揮した名演だが、ややもすると、「非常にかっこいいジャズロック」と言う印象にとどまってしまう危険性も孕んでいる。もちろん、それはそれで結構なものだと思うが、私には物足りない。この曲のタイトルは、「オデッサのリンゴ」というので、おそらくリンゴを食べてるのだと思われる。なんかあまりにもそのまんまなので妙にバカバカしいが、実は、こうした遊びゴコロみたいなもの、「バカ精神」のようなものこそ、アレアをしてアレアたらしめていると、私は考えている。それによって、はじめて「良質のジャズプログレバント」から、「天才バンドアレア」と成ることができたのだ。ラストライヴで、卓球をやったファウストや、「マグマ語」を作り出し、辞書まで出してしまったマグマ、バカジャケットで、まず笑いを取る、グルグル等、超一流のプログレバントたちは、皆こうした「バカ精神」、「軽み」のようなものを持ち得ており、揃って「突き抜けて」いる。それにこそ私は魅かれる。2曲目以降、言ってみれば、結構アヴァンギャルドな演奏が続くのだが、所謂、「実験臭さ」や、イヤミのようなものを感じさせないのは、そのせいなのだ。私が、シンフォニック系の「プログレッシヴロック」を嫌いなのは、音楽本来が持っているべきである、そうしたアナーキーな部分が、全く欠如しているからだ。シンフォニックプログレのファンの多くが、クラフトワークを嫌悪していることを見よ。
本来最も表現形態において自由で、アナーキーなものであったはずのプログレッシヴロックは、急速に様式化してゆき、硬化してゆき、結果、つまらなくなっていった。そして現在、ついには「プログレ」と言うと、何かダサイもの、古臭いものというイメージが付いてまわるまでになってしまった。「古臭いプログレ」!何というナンセンス!このような状況の中で、アレアをはじめ、前述したバンドなどは、今では「特異点」になってしまっている。
1975年のこのライヴアルバムは、アレアにとっても、かなり出来の良い、納得のいく演奏ではないかと思うが、ロック界いや音楽界全体にとっては、これは紛れもなく、ひとつの至宝である。ここでのアレアは、間違いなく最高の到達点に達している。当人達自身の評価はどうあれだ。そして、プログレが好きな人々はもちろん、プログレをあまり好きではない人にも、このアルバムは、聴かれるべきである。今日イメージされる「プログレ」とは、明らかに違う何かを、そこに見い出せるはずだからだ。
アレア「アレアツィオーネ " アレア・ライブ "」 ライナーノーツ (キングレコード、KKCP-24、1994)
Area. Are(A)zione, Cramps Records, CRSCD004, 1990