文:斎藤徹
星誕音楽堂との関係は、ほんの一年余りなのに、とても長い気がする。ソロ(ゲスト:ザイ・クーニン)、久田舜一郎さん(小鼓)とのDUO、井野信義さん(ベース)とのDUO(ゲスト:ザイ・クーニン)、そして今回のミッシェル・ドネダさんとのDUOで演奏させていただいた。久田さんとの時、すさまじい集中力で世にも異様な空間になったこと、井野さんとの時は、まるで漫才をやっているようなリラックスした雰囲気になったこと、どれも思い出に残ることばかりだ。音響の良さも指折りで、余計なこと無しに充分演奏に集中できる。演奏後、聴きに来てくださった方々とゆっくり話のできる場があるので、いろいろな交流ができる。またアンコールの後に、恒例として、ナントみんなで合唱するのだ! 私がやったのは、「出船」「さくら」「シャボン玉」そして今回の「赤トンボ」(ミッシェルも吹いた!)こんな事ができる場はざらにはない。だいたいこの種のことは私のような者にとって、結構チャレンジングな事なのだ。かなりのうるさがたの演奏家もこの倣いに従っていると聞くと、「ナルホド」を通り越して「驚き」かもしれない。2時間近く必死で演奏した後の、こういう「合唱」は「自己表現」の空しさを教えてくれる。もし、つつがなく出来たとしたら、その日の演奏が、自己表現を超えた「良い演奏」だったハズだ。
奥田さんに最初にお目にかかったのは一年半前。今まで知っている音楽とあまりに違うのでとまどわれたようだったが、なぜか気に入ってくれた。「何か大事なものがありそうだ」・「音質が良い」という評価は、私にとって何よりうれしいものだ。大病との戦いの前後に、ホールを作り、種々コンサートをプロデュースしてきたと聞き、これは何かある、よっぽどの動機があるに違いないと思った。その直感は大当たりで、ご夫妻との話は、音楽を通して、哲学、美学、歴史、宗教、自然観、色彩論におよぶ。日本の歌をやってほしい、あるいは作って欲しいという大変大きな宿題もいただいている。私もいつかやりたいと長年思っていたことなので、本居長世の資料などを集め始めている。
久田さんとの時の、ほとんど「もの狂い」の世界を「凄い! 凄い!」と言っていただいたので、「ミッシェルもいけるかも」と思い、今回のライブに繋がった。音をありのままに聴いておられると感じたからだ。今回のように、演奏者が有名かどうか、表面的心地良さ、紋切り型のサービスなどの付加価値のほとんど無い演奏を引き受けてもらうには、かなりの条件が必要になる。今回のミッシェルとのDUOツアーでは場所にかなりの気を使った。こちらの意図が通じないところでは、きっと悲惨なことになる、誰一人、幸せになれないと妙に確信していた。いままでの経験から、集まる聴衆は主催者に似ているという公式を信じてはいたものの、毎回がチャレンジだった。
このライブ前日、来るべき過酷な演奏に備え、弓2本の毛を張り替えてもらってから、車で東京を出発。様々な課題を抱えた3週間の長旅だ、是非成功したい! そして、答えの糸口を見つけたい!長時間ドライブに飽きてくるとレオ・フェレやジャック・ブレルをCDに合わせ、がなったりして夜遅く交野市の宿舎に到着。 翌朝「放蕩息子が変な外人 (?) を連れて帰ってきました。またまたよろしくお願いしま〜す。」と奥田ご夫妻にご挨拶。いつものように、生けてある花、飾ってある絵など細心の心配りがある。ホールは木の温もりがあり、直線がほとんど無い。最高級の音響にミッシェルもご機嫌だ。朝、宿舎の裏山に登り、喜びの余りこけて腕に擦り傷を負った自然児ミッシェルはこういう自然あふれた暖かい空間が大好きだ。フランスでも都会を避けかなりの田舎に畑を耕しつつ住んでいる。昼過ぎのコンサートではいつも閉めるカーテンも開けっ放しにする。とりあえず記録用にDATをセットすると(これがこのCDの音源)アッという間に演奏時間。二階のバルコニーまで満席だ。インターネットを通じて、岡山・姫路・神戸からも有名な (?) 即興ファンが来ている。初めてインプロを聴く人のために、あらかじめプログラム風のものを書いておいたのだが読んでもらっているだろうか? 受け入れられるだろうか? 心配も山積だ。ともかく始まった。こうなれば誠心誠意やるっきゃない。
このCDには、この日の演奏から、二人のソロ、アンコール、例の「赤トンボ」を除いて収録。 実際は1曲目にやったものを5曲目に置いた他は順序も同じ。すべて即興です。
翌日、宿舎を出るまぎわに奥田さんより電話が入り、まだまだ話したいというので、喫茶店で再会、談笑。我々は久々のオフ日だったので、お二人の薦めで軽く京都観光、「寄ってみたら」と言われた画廊へ行き、加島祥造展を観る。ご本人ともお会いし豊かな時間を過ごした。(ご子息とは前からの知り合いで、前作の「往来」では録音技師をしてくれたし、このコンサートも聴いてもらっている。)奥田さんと加島祥造さんもこの夏からの関係が続き、コンサート当日、エントランスのメインに加島さんの書付きの絵が飾ってあったのだ。そんなこんなの因縁でこのCDジャケットの題字を書いて下さることになった。「交感」という言葉も、奥田さんが加島さんの著書の中から見つけタイトルとして選んでくれたものだ。京都の帰りに車を取りに音楽堂へ行くと、ご主人が最近の作品を見せてくださった。この絵をジャケットにCDができたらな〜、なんて軽く冗談で言っていたのが、ナントこんなに早く実現してしまった。いやはや全くいろいろな物事が「交感」してこのCDが出来上がったのだ。
この先、世界中の様々な時と場所でこのCDを通じて更なる交感が起こることを真に期待しています。ありがとう、星誕音楽堂、ますますのご発展を。ありがとう、聴きに来てくれた人達、そして、繋いでくれた野口芳彦さん、清水紹音さん、ありがとう。
1999年12月9日