Japanese Free Improvisers/ Information in Japanese/ unlimited XIII

「ミュージック・アンリミテッド」見聞録

文:鈴木美幸

本文は「季刊ジャズ批評」103号(2000年4月20日)に掲載されました

昨年の十一月上旬にオーストリアの地方都市ヴェルス (Wels)を訪れ、 そこで五〜七日に開かれた実験/即興音楽フェスティヴァル「Music Unlimited」を聴いてきた。それまで海外のフェスティヴァル未体験の筆者だったが、聴き親しんだ日本人ミュージシャンが大挙して出演するというので、行きたい気持ちをどうにも抑えきれなくなった。

日本人ミュージシャンが大勢参加したのには訳がある。ターンテーブル/ギター奏者の大友良英がキュレーターとして参加ミュージシャンの人選を一任されたからだ。「Music Unlimited」は今年三八才になるヴォルフガング・ヴァッサーバウアーが中心となって十三年前に始まった。今では人口五万の小都市ヴェルスに欧州各地から多くのファンが集まる、この種の音楽ではかなり名の知れた国際フェスティヴァルとなっている。主催者側へは国と市から資金援助があり欧州らしい恵まれた環境にあるが、それでもミュージシャンの送迎から会場整理まで全体の運営はほぼボランティアの手で行われ、こじんまりとした手作りフェス的な雰囲気に満ちている。

ミュージシャンに人選を依頼するという方式は九一年から始まった。その年はギタリストのフレッド・フリスが担当し、九七年はハープのジーナ・パーキンスだった。そして大友に依頼が来た。主催者側には著名ミュージシャンをある程度呼んでくれるだろうとの目論見があったらしい。だが大友の人選規準は彼自身が聴きたくて、あまり他のフェスティヴァルに出ていない人。おかげで比較的知名度の低いミュージシャンが多くなった。そのうえ一番の著名人ギターのデレク・ベイリーが直前になって出演をキャンセル。しかし心配をよそに、あたかも日本人特集となった今回、会場は三日間とも超満員になり立ち見客が溢れた(入場者数は連日三五〇人程)。

まだ十一月の始めだというのにオーストリアは既に冬だ。東京の真冬並みの寒さで、しかも連日どんよりとした曇り空。おかげで風邪をひく者も出た(筆者もそのひとり)。ちょうどオーストリア総選挙で極右派政党が第二党に大躍進したばかりで、小さな田舎町に日本人が大挙押し寄せて大丈夫かしらんなどと一抹の不安を抱きもしたが何事もなく安堵(会場で話をしたボランティア夫婦が国全体の保守化傾向を真剣に憂いでいたのを思い出す)。会場は街はずれにある古ぼけた体育館然とした建物で、メイン・ステージの奥には音響 (Onkyo) ルームと称した別個の小ステージも設けられた。会場には小宮伸二によるインスタレーションが施され、天井から吊らされた大きな半円が色とりどりの照明を受けて様々な表情を描き出す。

メイン・ステージでは各セット六〇〜九〇分という長丁場の演奏が繰り広げられ、その合間に音響ルームでソロやデュオによる音量の小さめな二〇〜三〇分の演奏が行われた。メインの客席に並べられた椅子の数三〇〇弱。観客の八〜九割が男性なのには驚いた。日本で行われるこの種のコンサートでは女性客がもっと多い。年齢層は日本よりもはるかに高い、というか幅が広いと言うべきか。二階に設けられた食堂で注文したジョッキ入りのビールをそのまま会場に持ち込んだりと観客はいたってリラックス・ムード。

総じてエレクトロニクス系の演奏が多いフェスティヴァルというイメージだったが、実のところその構成はかなり変化に富んでいる。緊張感みなぎる冷厳な合奏をバックに島田雅彦の短編小説がドイツ語訳で読み上げられた「ミイラになるまで」、ノイズ・ミュージックの雄「インキャパシタンツ」、アヴァン・ポップの「HOAHIO」それに「NOVO TONO」、ジャズの「大友良英ニュー・ジャズ・クインテット」、石川高の笙によるソロ…。このフェスティヴァル最大の不思議は、ルーマニアの十二人編成ジプシー・ブラスバンド「ファンファーレ・チォカーリア」の出演だろう。演奏直前に会場の椅子がすべて撤去され、超スピードの演奏が始まるや、超満員の会場の至る所で猛烈に踊り出す人、人、人。どうやらダンス・ミュージックとして相当の人気らしく、彼らだけは大友ではなく主催者側が出演を決めたのだ。

楽屋はミュージシャン同士の交流の場だ。ここにはバーも設けられていて関係者は飲み放題食べ放題。アルコールも手伝ってあちこちで話の輪ができ、絶えることなく喧噪に満ちている。お互いの演奏を批評し合い、そして新たな共演の試みを練っていたりする。ミュージシャンにとってフェスティヴァルの魅力というのは、こういう出会いの場にもあるのだろう。ミュージシャンでもないのに、筆者もその場の雰囲気を堪能させてもらった。そしてもちろん演奏もだ。初めて聴くミュージシャンが多かったにもかかわらず、ひとつとして物足りなさを感じる演奏がなかったというのは驚くべきことだ。大満足の三日間。フェスティヴァル通いにハマりそうだ。


Last updated: December 31, 2000