本作の録音は2001年の5月から2002年の3月にかけて、断続的におこなわれた。大部分はTZADIKから発売された『Cathode』や『Anode』でも使った東京吉祥寺にあるGOK SOUNDの一番大きな部屋でライブに近い状態で録音されたが、それ以外に「カソード #3」、「カソード #4」では自宅の小さなスタジオで吉田アミの声を、「カソード #5」ではアンドレア・ノイマン、Sachiko M、そしてわたしの音を録り足した。実際に作曲されたのはさらにその前の2000年ころからになるが、そもそもは1999年にスタジオでの録音用につくられた「カソード #2」と「モジュレーション #1」をステージ用に書き替える過程で、アイディアがひろがり、ここに収められた3つの作品ができあがったのだ。
最も初期につくられた「カソード #3」は「モジュレーション #1」を土台にいくつかの欧米でのコンサート、特に2001年1月のジャパノラマのUKツアーの中で練り上げられた作品で、今回の録音以前にもジャパノラマのロンドン・クイーンエリザベス・ホールでのライブ・レコーディングが残っていて演奏、録音状態ともに良く、機会があればいつか発売したい。ロンドン録音では杉本拓のみが彼の作品の「KOMA」をモチーフにした即興演奏を同時に演奏していて、「カソード #3」の中に溶け込む構成になっている。今回の録音では杉本拓のパートはほぼ即興になってはいるが、実際には「KOMA」の面影が随所に残っている。
「カソード #4」、「カソード #5」は2001年にTZADIKからリリースされたCD『ANODE』に致るまでの習作の中から出来た作品で、コンセプト的にはちょうどカソードとアノードの中間的な作品になっている。演奏家は基本的には即興演奏をするのだけれど、その際に許された自由はかなり少なくもあり、考えようによっては多くもある。いずれも一人のミュージシャンや作曲家の意志で全体の方向が決まらないような仕掛けがしてあって、その意味でANODE的な作風になっている。
いずれの作品も、「カソード #3」の中に杉本拓の作曲が溶け込んでいる例を出すまでもなく、これまでのわたしの作品同様に、参加ミュージシャンの即興演奏家、あるいは作曲家としての能力抜きには成立し得ない作品で、その意味では従来の西洋音楽が言っているせまい意味での作曲作品とは異なるし、かといって即興音楽だけでもくくれないように思う。ただわたしにとってはこういう音楽の作り方がもっとも自然で、それはほかの仕事、たとえばJAZZを演奏するときや、ターンテーブルやギターのソロをやるときも、まったく変わらない。そんな訳で、もしこの音楽が成功しているとするなら、それは素晴らしい即興演奏家達と、素敵な音色を出す楽器達、そしてそれを録音し、さらにはそれを聴いて素晴らしいと思ってくれる人達のおかげだ。感謝したい。
2002年5月ロンドンにて
大友良英