Improvised Music from Japan
緩やかなアンサンブル
パクさんの演奏を初めて聴いたのは数年前。東京の小さなライブハウスでのことだ。このときは敬愛する韓国即興音楽のパイオニア、サックス奏者カン・テーファンとのDUOだった。ソウルには、東京とはまったく異なる歴史を持った独特の即興シーンのようなものが存在している。その中でも特にカンさんの演奏から私はこれまでも多くを学んできた。そのカンさんが、パクさんを連れて来日したのだ。カンさん、パクさんともに椅子を使わずに、直接ステージにあぐらをかいて演奏する。その姿だけでも独特だけれど、それ以上に独特なのは、今まで聴いてきた欧米や日本の即興演奏とはまったく異なる彼ら独自の語法による即興演奏だ。倍音の変化に焦点を当て、ゆっくりとした時間軸で世界を作り出すカンさんの即興演奏に呼応するように、韓国やアジア、それに西欧の打楽器群に囲まれた独自の打楽器セットを演奏するパクさんも、非常に豊かな倍音を含む音色で、独特のパルスを打ち出してくる。その演奏は非常に美しく力強いものだ。
これを機会に私はパクさんと知り合い、友人になり、何度か共演する機会を得た。ぼくらはいつも片言の英語と日本語や韓国語の断片を使いながら、身振り手振りを使って音楽の話をしたり、それぞれの生活の話をしたりする。それはステージでも同じで、2人は同じ即興演奏をするとはいえ、その語法はかなり違う。会話同様、パーフェクトなコミュニケーションは出来ないが、それでも私は彼との共演がいつも楽しみだったし、事実ぼくらの共演はいつも素晴らしいものだった。ぼくらは背景にかかえる文化も歴史も、言語も、音楽家としてのキャリアも、まったく異なる別々の環境で育ってきた。それでもステージに出てしまえば、双方の文化に完全に同期することはなくとも、お互いのままで一緒に音楽を演奏することが出来る。
この録音は2002年に私がソウルに行った時に、パクさんのパートナーでもあるピアニストのミ・ヨンさんと3人で即興演奏をしたスタジオ録音のテープをもとに、その一部に、東京でギュンター・ミュラー、Sachiko M、田中悠美子の即興演奏をオーバーダブして構成したアルバムだ。1曲目については、さらにその音源をもとに私が編集を加えている。パクさんと私の関係同様に、参加した6人それぞれも語法、演奏方法はおろか、音楽的な背景に至るまでまったく異なると言っても過言ではない。皆が同じ文化を共有するのではなく、異なったままで、ある共通の部分を見つけながら緩やかに形成されるような共同体…そんなアンサンブルのあり方を夢見れるのは、音楽ならではのことかもしれない。私は、この事実に淡い希望のようなものを感じている。
2003年8月
大友良英