9月4日、スキポール空港に到着。オランダ国営放送のプロデューサー、ピートハインが自ら出迎えてくれました。このUpstreamと呼ばれるイベントに正式参加することが決まったのは、ただの一ヶ月半前のこと。その直後に、VOCに関する25分の委嘱作品をあらかじめ録音して提出してください、ときた。V.O.C. (フィー・オー・シー) はオランダ語の略名で、つまりオランダ連合東インド会社のこと。私は1600年代の歴史書をひもときました。しかし、インターネットが何とも役だったのです。うんうん、鎖国時代へ向かう日本の様子、実は前にも興味があって、いちど長崎の出島を観光したこともあります。鎖国下でも商魂たくましく、生糸、織物、銀、陶磁器、海産物などの貿易は活発でさえあったようです。VOCは、世界で初めての株式会社で、やはりこれによって緑茶、醤油なども輸入されていったという。ずいぶんと興味深いところです。このVOC400年をテーマにしたUpstreamは、現代美術と音楽作品による現代アート展なのです。ピートハインはそのまま車で、私をホールンへと運んでくれました。
9月5日、ホテルで朝食後、時差ぼけの頭でホールンという街をちょっと散歩です。17世紀VOC全盛期には港町として栄え、重要な役割を果たしたそう。今の町並みは、港のある小さな商店街という感じで、神戸にも似てなくもない。アムステルダムへは車で一時間くらいなので、通勤圏の郊外都市ともいえます。さて、昼の1時にサウンドチェックへ会場へ向かうと、波止場の近くのカフェ玄関が、ヘルムト・ディックの作品によって青緑色に覆われて、同色の車が置かれています。これは作品の一つ。Upstreamは、9/7から10/20までの約一ヶ月半、ホールンとアムステルダムの街中に、16人のアーティストがインスタレーションをする催しで、横浜トエンナーレなんかに似ています。青緑色のカクテルや牡蠣が来客にふるまわれ、開催式のスタート。外に組まれた小さなステージで、開会の挨拶が長々と続き、その後に私は短いオープニング・パフォーマンスを行う。'Beyond the Sea'というこのために持ってきた曲を歌いました。閉会後、そそくさと機材をパックして、スタッフの車に乗り込み移動。今日はなんとアムステルダムでダブル開催式なのです。さて、アムステルダムの会場は、De Bazelという歴史的で美しいビルディング。私の到着した時には、もう人々がロビーでワインなどを片手に集まっています。セッティング最中には、開催のご挨拶が始まってしまい、ありゃりゃ。PAの回線だけチェックをするよう、短い休憩を挟んでもらいました。コンパクト・サンプラーとポケット・テレミンだけのシンプルなセットにしといて、本当に良かったとこの時ばかりは思いました。しかし、無茶を頼まれたものです。すっかり使い回しされた気分です。まっ、演奏は短く無事終了。あとは、インドネシア料理の会食となりました。今回、出展したアーティスト達、インドネシアのArahmaiani、スリランカのTissa De Alwis、香港生まれでオーストラリア在住のKate Beynonとお話しできて、「アイ・ライク・ユア・ミュージック。」って言ってもらえて心温まりました。特にこの三人の作品は、視点がシニカルで、ポップで、鋭い。それに比べて、地元オランダのアーティスト達の作品は、いまひとつ精彩を欠いているような気がしました。そうそう、横浜を拠点に世界中を旅するアーティスト、Shimabukuさんとも初めてお目にかかりました。
9月6日、再びホールンに戻って、今夜こそが自分のソロ・コンサートです。Upstreamのための作品を演奏、そしてオリジナル曲をいくつかやります。VOCに関しては、'茶'の貿易によって、ヨーロッパで喫茶の習慣がその時期ブレイクしたことに目をつけました。ハウリング 'ティー' ポットと称した音遊具と、環境音を時間軸として扱った 'external in, internal out' というコンセプトをからませて、'Tea Trade' を作曲しました。というわけで、今回はラップトップ・コンピュータも持参したんだけれど、ハウリング・ポット、声、パーカッションなんかをパート配分して、歩き回ったりしながらステージをやりました。会場の様子が静かだったからちょっと心配でしたけど、あとでニコニコしながら人が寄ってきたのでほっとしました。
9月7日、公演を終えて、ピートハインの車で、友人宅のあるヒルバーサムに向かいます。夕方には、ラジオ番組用のインタビューもそこで受けます。ヒルバーサムは、端正な住宅街で、ここもアムステルダムから通勤圏。放送、音楽関係のスタジオが多いところです。さて、明日から二日間ばかりはリラックス。アムステルダム観光にでも出かけましょう。
2002年9月 Haco