(a) 羽野昌二 / ヴェルナー・リュディ / ペーター・ブロッツマン -- Dedicated to (14:26) (Disc 9, Track 9)
(b) 羽野昌二 / ヴェルナー・リュディ / ペーター・ブロッツマン -- Werner (8:18) (Disc 9, Track 10)
(c) 羽野昌二 / ヴェルナー・リュディ / ペーター・ブロッツマン -- Ludi (7:51) (Disc 9, Track 11)
羽野昌二(ドラムス)
ヴェルナー・リュディ(バリトン・サックス、アルト・サックス)
ペーター・ブロッツマン(テナー・サックス、タロガト)
録音:2000年6月4日 スイス、アーラウ「Kunsthaus Aarau」でのライヴ
*このCDボックス・セットによる羽野昌二とペーター・プロッツマンの収益金は、すべて故ヴェルナー・リュディの妻アニタに送られる。
リュディと初めて出会ったのは、1990年にドイツのFMPワークショップでペーター(・ブロッツマン)と演奏した時だった。最初に共演したのは95年。リュディがスイス・ツアーを組んで、俺とウィリアム・パーカー(コントラバス)とのトリオで回った。その時の演奏はCD『KI』(Intakt, CD 051)に入っている。
リュディはライターでもあって、スイスでは新聞にコラムを持っていた。それで生計をたてる一方で、年に何回かは海外をツアーしていた。日本にはリュディを2回呼んでツアーした。1回めが96年(この時の演奏も『KI』に入っている)で、2回めが99年。彼は日本が好きで、2回めの時には奥さんのアニタと息子のルカも連れてきていた。
2000年の6月にリュディとペーターと3人でクロアチア、スロヴェニア、スイスをツアーした。リュディが生まれた町(ポスキアーヴォ)のシアターでも演奏した。スイスのブリッグという町での演奏がツアーの最後。俺はそれから5日間リュディのところに滞在し、その後、イギリスで3〜4日レコーディングして帰国。暫くしたらアニタから、リュディが今朝亡くなったという電話が入った。つい一週間前まで元気で一緒にいたのに、亡くなったと聞いた時はショックだった。
羽野昌二 談