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遠くから響く音

ラファエル・トラル

恩田晃

「作曲する時は、具体的なコンセプトや電子回路を組み立てることから入ることが多いんだけど、たいていは試行錯誤をくり返すうちに、アイディアがひとり歩きし始めて、最初に思い描いていたのとはかけ離れた地点まで僕自身を連れ去ってしまうんだ」。去年の秋、ベルギーの田舎町ゲントのバーで一緒に飲んでいた時、ラファエルがこんなことを言っていたな、と。彼は、こういったアイディアの飛躍=変換方程式をどの作品でも徹底させている。たとえば、トムラブからリリースした『Early Works』や『Cyclorama Lift 3』ではそのプロセスを知ることができるし、モイカイからの『Sound Mind Sound Body』、タッチからの『Violence of Discovery and Calm of Acceptance』はその結果を知ることができる。要は、彼がとてもスマートなのは、出発点はコンセプチャルでも、最後には純粋に感覚的にアピールする地点まで音楽を昇華させてしまうということだ。

ラファエル・トラルは、ポルトガルのリスボンに住むギタリスト。ただ、彼がずば抜けているのはそのギター・プレイゆえではなく、音楽/音響に対する極めて個性的なアプローチゆえなので、むしろコンポーザーと言ったほうがいいだろう。若い頃にいくつかアカデミックな教育機関でサウンド・エンジニアリングと音響デザインを学んだ後は、音楽教育なるものに見切りをつけ、彼が言うところの<絶えまない探究と発見>でもって、独学で道を切り開いていくことを決心した。エレキ・ギターを弾き、バンドを組むことからキャリアを始めたが、それ以降はサウンド・ジェネレーター的にギターを演奏することが多く、エフェクターやモジュレーターを操作し、エレクトロニック・ミュージックへの近接をしきりに試みている。「16歳の時、レコード屋でブライアン・イーノの『Discreet Music』を見つけて、ライナーノーツを読んだんだ。音響装置から音が発生して、それが予測のつかない方法で生成していって、環境音としてリスナーが聴きたいように聴ける。なんて素晴らしいアイディアなんだ、と思ったよ」。他にも、強く影響を受けたアルヴィン・ルシエ、ジョン・ケージなどのアイディアを巧みに織り混ぜながら、アンビエントという発想を軸にして、自分なりの音楽観を発展させてきた。

で、凄いなと思うのは、彼は、なにから影響を受けようと、すべてを内発的なレベルで消化してしまうことだ。独学の強みで、いかなるジャンルにも寄り添う必要がない。だから、エレクトロニック・ミュージックのパイオニアたちのアイディアを借りながらも、単なる模倣ではなく、ラファエル・トラルの音楽として見事な独自性を獲得してしまう。すべては<絶えまない探究と発見>の途上にある。おそらく、そこまで思い切ることができたのは、リスボンで育ったことも影響しているのだろう。グローバルな音楽のトレンドとは切り離されたヨーロッパの辺境ゆえに、極めてパーソナルに音楽に取り組むことができたのではなかろうか。それに、わたしには、聴くものを暖かく包み込むような彼のサウンドは、大西洋に潮風に吹かれ、いくつもの丘に囲まれた、穏やかなリスボンの街並をイメージさせる。まるで時間の流れが止まってしまったかのような…。彼の音楽的なビジョンの根底に横たわる原風景もこれまたパーソナルなものなのだ。

『ミュゼ』(2003年発行)掲載


Last updated: February 16, 2004