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東京ダイアリー

恩田晃

2002年の春、東京に滞在していた時にこの日誌を執筆。『map』という福田くんと小田くんがやっている雑誌に掲載され、一週間の間、毎日耳にした音を四つ選んで書くというのがルールでした。

3月3日(日)肌を刺すような寒さ。銀座でフィリップ・ガレルの『夜風の匂い』をAと観た。カトリーヌ・ドヌーブ主演らしいが、なんてことはないニヒルで老境に達した男が途中から現れ、そいつがガレルの分身として影の主役を演じ、最後は自殺して終り。かなりだるい映画。ガレルはもう死にたいんじゃないかな。やれることはやってしまったし、ニコしかり、ジーン・セバーグしかり、愛した女たちも死んでしまった。ひとり取り残されて生きているのも辛いのだろう。彼にできるのは自伝映画を撮り続けることだけだから、自分の死への願望を描いてみせる。ジョン・ケイルの音楽はいつも通り。破廉恥なぐらい甘美で切ないピアノの調べ。いい歳したおやじだからこんなことが赦されるんだろう。歳を取るのも悪くないな、と。あと、気になった音、というかカセットに録音した音。地下鉄のなかで、人の話し声。銀座を歩いていて、街のノイズ。

*John Cale - Philippe Garrel
*The Velvet Underground and Nico "All Tomorrow's Parties"
*人の話し声
*街のノイズ

3月4日(月)昼過ぎからフィールド・レコーディング。テープ・レコーダーを持って四ッ谷近辺をうろつく。以前、この街に来ることが多かった。おしっこを嗅いでまわる犬のように過去の記憶を辿りながら。でも、なぜか見知らぬ街のように感じる。道端でしゃがんでおしっこをしている女を見かけた。まだ若い。狂ってるのだろう。見てはいけないものを見てしまった気にさせられる。東京は精神状態のゆがんだ人が増えているかも。イヤだな、と。昔、パリで同じような光景を目にした。その女は狂ってはいなかった。身体の調子が悪かったのか、トイレが近くになかったのか、止むに止まれずそうなったのだろう。街路樹の影に隠れるようにしてスカートをたくし上げた。尿が歩道の傾斜をつたっていき、一本の筋を描きながら排水溝まで流れていく。一瞬のできごとで、なにが起こったのか理解するのに少し時間がかかった。暴力的だった。エロティックだとも感じた。

*Noel Akchote "Rien" (Winter & Winter)
*Jean Dubuffet " Les Experiences Musicals" (Mandala)

3月5日(火)梅の香がただよう曇り空。春というにはまだ少し肌寒い。今日聴いたCDをいくつか。どれもアーティストからもらった。友人の音楽を聴くのは楽しい。繭『Maju 3』さらさらと雪が降る情景を想い浮かべる。パーソナルなサインド・スケープ。ラファエル・トーラルやオーレン・アンバーチと似かよった方向性を指し示している。明らかに、彼らは音楽を構成するフレーム(ストラクチャー)自体より、そこを通り抜けて見える世界を提示することに賭けている。ようするに、スタイルよりも世界観。大友良英『Cathode』も同じような響き方をする。明確なコンポジションそのものより、音色の美しさが素晴らしい。こんなことやっても現代音楽臭くならないのがいい。さすが、と唸らせる。Hoahio『Ohayo! Hoahio!』ポップな歌もの数曲がいいな、と。ラスト・ソングなんてシングル・カットしたらバカ売れしそう。

*Maju "Maju 3" (Extreme)
*Otomo Yoshihide "Cathode" (Tzadik)
*Hoahio "Ohayo! Hoahio!" (Tzadik)

3月6日(水)これまた曇り。空気中の湿り気が陽の光を吸い込み重く垂れ下がっている。庭の金木犀の樹の枝が伸び放題になっていて、風が吹くと窓ガラスをこする音がする。キュッキュッという音をカセットに録音してみた。後で再生し、視覚的な要素なしで聴き直してみると鳥のさえずりのように聴こえた。可笑しなものだ。夕方、表参道のあるビルの屋上に上がって街の発する音を聴いてみる。音量はさほど大きくないが圧倒的なドローン状のノイズに包まれる。人の声、車の走りさる音などがときおり耳に飛び込んでくる。いったいどれぐらいそこにたたずんでいただろうか。よくわからない。で、時計を見ると2時間強。音の渦にはまってしまって時間の間隔が麻痺してしまった。朦朧として、醒めるきっかけを失ってしまう。こうなると飲むしかなく、ビルを下りYに電話して渋谷で逢う。一緒にひたすら飲む。痺れた頭の抱えながら眠りに落ちる。

*DJ Olive "Sleep" CD-R
*Sharlemagne Palestine "Schlingen-Bl舅gen" (New World Records)
*鳥のさえずり
*街のノイズ

3月7日(木)ひどい二日酔い。午前中はベットのなかでボォーッとして過ごす。夕方、渋谷に出る。東急プラザの魚屋をぶらつく。食べ物狂いのわたしは食べ物のことを考えていると機嫌がいい(らしい)。そのためか、意味もなく食料品店を見てまわる癖がある。鯛を一匹買う。宮益坂を上がり渋谷郵便局に寄ってトム・ラブのトムへ小包を送る。外苑前まで歩いていき、とあるレコード会社で打ち合わせ。仕事の話はつまらないな、と思いながら帰宅。CDをかけ、料理を始める。Niobe「Radioersatz」エレクトロニクスと悲しげな恋の歌。コンポーザーのイボンヌはベネズエラ人とドイツ人のハーフ、凄い美人だといううわさ。6月にケルンで逢う。鯛をレモンとオリーブ・オイルでマリネードしてタイムをのせオーブンへ。あとはマスタード・グリーンのサラダ。料理ができ上がる直前にAが到着。ぴったりのタイミング。で、いただきます。

*Niobe "Radioersatz" (Tomlab)
*Casiotone for the Painfully Alone "Pocket Symphonies For Lonsesome Subway Cars" (Tomlab)
*Takagi Masakatsu "Pia" (Carpark Records)

3月8日(金)ずっと曇っている。表参道ナディッフでスライド・ショー二本立て。わたしの写真をスライドで見せながらそれに杉本拓が音楽をつける。一本目は『A Winter Day』2000年の冬にニューヨークで撮ったシリーズ。6月にアンソロジー・フィルム・アーカイブでこのシリーズの写真展をやる。『Night & Day』は97〜99年の間に『Beautiful Contradiction』というアルバムをレコーディングしていた時期に撮ったシリーズ。必然的にそれにかかわっていた人たちが被写体になっている。サイモン、リンダ…、元気にしているかな? と。杉本拓のギターが絵にばっちりと合っていて素晴らしかった。まばらにポツリポツリとギターを鳴らすだけだが、美しい空間がまざまざと立ち現れる。

*Taku Sugimoto "Opposite" (hatNOIR)
*Taku Sugimoto "Flagments of Paradaise" (Creativman disc)
*Tetuzi Akiyama "Relator" (Sulbmusic)
*Aki Onda "Beautiful Contradiction" (All Access)

3月9日(土)晴れ。近所のバス停まで歩いて行く途中、木蓮の樹が白い花を咲かせている。空の青さとのマッチングが綺麗。カセット・レコーダーを持って成城学園前を散策。一時帰国して3週間経つが、東京はまだエキゾティクに響く。来週にはアメリカへ。東京に住む数人の友人たちと一緒にいれなくなることをのぞけば、さっさと帰りたい。今となってはニューヨークの空の下にいるのが一番落ち着く。夕方から細海サカナ宅で辻子紀子のアルバムのレコーディング。彼女の作ってきた歌が素晴らしい。「窓のそとには汚れたあなたのTシャツ 汚れたわたしのこころ 青く晴れた空へ飛んでゆけ〜」人はみな違う歩み方をするのだけど同じ空の下に暮らしている。澄みきった青空が目に浮かぶ。

*空の青さ

『map』No. 3(2002年発行)掲載


Last updated: September 17, 2002