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ザ・スティーヴン・バーンスタイン

セックス・モブ『ダイム・グラインド・パレス』

恩田晃

初めてスティーヴンに会ったのは、7年まえ、トニックが開店するまえ、ニッティング・ファクトリーでダグ・ウィーゼルマンのカミカゼ・グランド・クリューを観たときだ。ぬめぬめしたペットを吹く禿げたおやじがそこにいたんだ。わたしは奴がデイヴィット・トロンゾ、マーカス・ロハスと組んでいたスパニシュ・フライ(あそこに塗って、擦りあうと、ひりひりして気持ちいい媚薬のこと)に死ぬほどいかれてた。で、声を掛けたんだ。「あんたあのスティーヴンだろ」って。その当時、奴は今みたいに飛ぶ鳥もふりむく売れっ子じゃなくて、うにょうにょした音楽ばかりやってたから、ハーレムの外れの手ごろなアパートに女房やガキと一緒に暮らしてた。それから…、5年前のある夏の夜。セックス・モブが結成されて間もないころ、奴らは毎週トニックのできたてのほやほやのステージで演奏していた。客が10人のしけたライブが跳ねてから、ドラムのケニーが「もう子供じゃないんだから、毎回ギャラが30ドルの仕事なんてやってられるか! 俺、来週は来ないからな!」ってごねだしたんだ。スティーヴンは「もうちょっとの辛抱だぜ、バディ」って、丸め込むのに必死だったな。それがどうだ。その数年後には、辣腕トランペッター、敏腕アレンジャーとしてめきめき頭角をあらわし、「ヘイ、あき、俺、郊外に庭付きの家を買ったんだぜ。遊びに来いよ」となり、セックス・モブはニューヨークでもっともイカしたバンドのひとつとして、トニックのステージを毎週満員にして、スティーヴンは新たなバンドをどんどんぶちあげた。20世紀初頭のラグタイムを演奏するザ・ミレニアム・テリトリー・オーケストラ、ジューイッシュ音楽をラテンっぽく演奏するディアスポラ・ソウル。奴がのめり込んできたアメリカ音楽の豊かな土壌から滋養ぶんをぷはぷはと吸い込みながら、自分の音楽を花開かせていったんだ。スティーヴンがこの5年間に成し遂げたことといったら…。もう満開のさくらだね。で、このアルバム『ダイム・グラインド・パレス』は、奴のキャリア集大成ダイジェスト版。1曲目、ニューオーリンズのマルディグラで始まって、16曲目、それで終るんだけど、街をわいわいと練り歩くように、スティーヴンこれまでを巡り歩くわけだ。スパニッシュも、ミレニアムも、ディアスポラも、どれもがこってりと盛り込まれてる。各バンドを支えてきたダグ・ウィーゼルマンも、ピーター・アルファバウムも、トロンゾやロハスまでもが飛び込んで、友人総出のオン・パレード。それだけじゃなくて、長老トロンボーンのラズウェル・ロッドまで巻き込んでやがる。それがまたイカすんだ。とはいっても、最近、奴はサム・リヴァースと一緒にアルバムをつくったり、ミレニアム・オーケストラではチャールズ・バーナムがいつもバイオリンを弾いてるし、若いころに影響をうけたロフト・ジャズの連中といつもつるんでるわけだ。それもひと巡りしている感じだね。とにかくこのアルバムは、ぐるぐるとめぐるめくるめくアルバムなんだ。わかるかな? えっ、わかんない? じゃ、聴いてみたら。損はしないよ。

『ミュゼ』Vol. 45(2003年9月発行)掲載


Last updated: February 16, 2004