Improvised Music from Japan / Information in Japanese / Aki Onda / writings

パーソナル・ヴァイナル・カッツ

Don Cherry & Ed Blackwell "El Corazon"
Asa-Chang & 巡礼 "花"
Sonic Youth "New York City Ghost & Flowers"

恩田晃

アメリカ、ニュー・ハンプシャー州にある閑静な田舎町に移り住んでから一年が過ぎた。晴天の霹靂、9月11日のテロ事件以来、街路を歩くとやたらと星条旗が目立つようになった。あからさまではないが戦争の影が背後から忍び寄ってくる。自宅からスタジオに向かう途中にあるカフェで、午前中の一時間を過ごすのが日課になっている。テラスでコーヒーを飲みながら本を読むか、ボォーっとするか。慌ただしい日々の生活から逃れて、からっぽの時間。ロレインの事をふと思い出す。元気にしているかな?

ロレインとはニューヨークの地下鉄の中で逢った。混雑した車両の床に座り込んでアルミパックに入ったテイクアウト・フードを食べていた。緑色の綺麗なドレスを着ているのだけど。それに、すこぶる奇妙なのは、とても高級そうなシルバーのスプーンを手にしていることだ。なぜそんな立派なスプーンを持っているのか訊いた。声を掛ける口実といえばそれまでだが。

「メキシコ料理店でウェイトレスをやってるの。いつも残り物の食べ物をくれるの。スプーンは調理場から盗んできたの。毎日なにかひとつずつ盗んでくるの。そのうちまったく同じレストランが自分で開けるかも」

きついスパニッシュ訛りと美しく整った顔だちのアンバランスさが心に引っ掛かった。数日後にも地下鉄の中で顔をあわせた。長々と話をした。彼女はその次ぎの日からメキシコへバケーションにいってしまった。同じ日に僕はニュー・ハンプシャーに戻った。けれど、どちらからともなく電話をし、よく話すようになった。彼女は馬鹿話ししかしない。今日なになにがあってギャッハッハッー! 無茶苦茶な英語で喋る。ラテン気質の明るさが心地よい。それがとても好きだった。でも、テロ事件以来、あまり話さなくなった。ましてや戦争が起これば、そんな日常のささいなでき事はきれいさっぱりと忘れさられてしまう。取って替わるのは漠然とした恐怖でしかない。僕は国家なんて大嫌いだ。今、アメリカ政府は確実になにかを企んでいる。

そんなこんなで選んでみた3枚のアルバム。国家などとは無縁ののびやかさ。路傍に咲く一輪の花のような音楽。そして、静かなるアナーキズム。

『スタジオ・ボイス』2001年12月号掲載

(「パーソナル・ヴァイナル・カッツ」は、恩田晃と松村正人により企画され、毎月3人のミュージシャンが好きなアルバムを3枚選び、それらについて好きなことを書く、という主旨のもと、2001年から2002年にかけて『スタジオ・ボイス』に連載されていました。)


Last updated: February 14, 2004