フィリップ・グラスはニューヨークの作曲家である。彼の都市で60年代後半に自分の音楽を確立し、現在に至るまでそれを発展させ続けてきた。いちおうミニマル・ミュージックの主要な作曲家ということになっている。わたしはこれまでグラスの音楽を聴いてきたわけではない。単純に興味が湧かなかったからだ。でも、先月、屋上からニューヨークの街並が一望できるブルックリンのアパートに移り住んでから、初期の作品集『Strung Out』を頻繁に聴くようになった。たまたま友人が薦めてくれたからだ。こむずかしくなく、わかりやすく、感情にストレートに訴えかけてくるのが、わたしがこれまでに聴き漁ってきたミニマリズムのコンポーザーとは違っていた。シャルレメニュ・パレスティンやフィル・ニブロックなどがわたしのお気に入りなのだが、彼らの音楽がダウンタウンのアンダーグラウンドな気風を反映しているのに対して、グラスの音楽は、空中からアップタウンも含めてマンハッタン島全体を俯瞰するかのような、おおらかさを感じた(エモーショナルに優れている、この音楽は)。なぜか…、いまや世界中に蔓延る資本主義の象徴でもあり、それに対抗するかのような個人主義の砦でもある、この都市の持つ二面性を反映しているとも感じた。ついでなので、他の作品にも触れてみることにした。
『Strung Out』は、グラスの処女作といえるアルバムだ。ナディア・ブーランジェに学ぶためにパリに留学し、そこでラヴィ・シャンカールに邂逅し、その後にニューヨークに戻ってから数年間のうちに書かれた4つの作品が収められている(こういった「史実」の数々は、これまで頻繁に紹介されているので本稿では深く立ち入らない。それに、わたしが書く必要もない)。1曲目の『Two Pages』は、グラスのトレードマークとなった、同じ和声のなかでフレーズとリズムを微妙に変化させながら反復していく<加算的プロセス>がわかりやすく示されていて、2曲目の『Contrary Motion』では、それを対位法で応用し、4曲目の『Music in Similar Motion』では、管楽器を加えたアンサンブルによる演奏で楽曲としての展開を重視したつくりになっている。アルバムを聴き進めていくと、グラスが、単純なアイディアから楽曲の完成度を高めていくことに、いかに執心していたかということが読み取れる(あくまでクラシカルな技法を用い)。今では「前衛」というより「古典」として響く。そして、次ぎのアルバム『Music in Twelve Parts』を聴けば、グラスが何者であったのかが、さらによくわかる。他のミニマリズムのコンポーザーと比較すると、このひとは西洋音楽の伝統を重んじる度合いが高く、ある意味ではコンプレックスを抱き続け、学び続けてきたのだと思う。トーナルで反復構造という点ではライリー、ライヒに先を越されていたし、その当時のニューヨークの音楽状況からうまい具合にエッセンスを抽出し、純度の高い形でそれを提示した。とてもプロデューサー的な感性を備えたひとだと思う。事実、『Strung Out』はいわゆるミニマル・ミュージックのわかりやすい事例として存在している。
しかしである。「ミニマリズムの旗手」として認知されたのが、このひとにとっての不幸の始りだったのではないだろうか。グラスがその後に辿った道のりを考えると、そう思わずにいられない。このひとのいいところは、楽曲の完成度の高さ(音符を書く能力から録音技術までを含めた総合的なプロデュース能力)、情緒的な表現能力、他のメディアに対する適応能力などだが、これらはいわゆる「前衛作曲家」に求められる資質とは異なっている。そのためか、おそろしく評論家受けの悪い作曲家で、初期の作品群をのぞけば、たいがいボロ糞にいわれまくっている。悪くいえば、自分たちのちんけなミニマル・ミュージック観を擁護したいけちな評論家連中に利用されまくってきた。よく、<ミニマル>から<マキシマム>へ移行した、といういい方をされるが、これもいわゆる「音楽評論」というフィルターを通した見解であり、狷介である。良くも悪くも、グラスは最初から今に至るまでグラスであり続けている。このひとは映画、舞台などの劇番作曲家として優れているし、『浜辺のアインシュタイン』、『美女と野獣』など、いい音楽としていい楽曲を書いている。こういう作品が、ミニマルうんぬんではなく、まっとうに評価されてもいいのではないか。わたしには理解できない映像作家ゴットフリート・レシオと共作した仕事など、アーティストとしての意識の欠如を露呈した作品もある(『コヤニスカッティ』は興味深い点がいくつかある。だが、それ以後の作品はコマーシャリズムと安易な宗教観に流されている…)。だがまあ、このひとはあくまで作曲家である。文句はいうまい。
「音楽評論」ということでいえば、ここ数年でミニマリズムのコンポーザーに対する再評価が高まり、欧米では、もの凄い数の再発盤がリリースされ、メディアには当時の状況を伝える記事が多く紹介された。ミニマル・ミュージックの定義自体も、これまでは、反復、ドローンの多用という、スタイルに焦点が置かれていたが、現在は、当時の社会的、政治的状況も踏まえたより多面的な考察が可能になり、ケージ以降のアメリカの実験精神を重んじる多くのコンポーザーがそこに加えられた。アルヴィン・ルシエも、ロバート・アシュリーも、解釈を広げればグレン・ブランカも、そうだといえるのだ。なぜなら、音楽に対するアプローチは違えど、彼らは同じコミュニティーに属し、似通った問題意識を持って作曲に取り組んできたからだ。しかし、そのなかからコマーシャルに成功した一握りのコンポーザーのみがくり返しメディアに引用され、現実とは異なる言説の戯れだけが延々と続いてきた。ゆえに、ミニマリズムの再評価は、かつてなにが起こっていたのかを知るために、いいことだと思う。ところがである…、日本では、ごく少数の例外をのぞき、ほとんどの評論家はそういうことを書かず、文献は訳されず、あげくの果てにCDは入手しにくい。で、さらに酷いことに、評論家は数十年まえに書かれた文献をいまだに引用し続け、ミニマル・ミュージックとはこういうものである、という固定観念に搦め取られ、現実とは切り離された空虚な「国内言論」を玩ぶがゆえに、パワーを失ってしまった。ひとことでいって、陳腐である。ミニマリズムの多くのコンポーザーはまだ生きているわけだし、これだけの数の文献がそろってきている状況なのだから、きちんとしたリサーチを試みる評論家が日本でも一人ぐらい現れてもいいと思う。
この都市ニューヨークは、ミニマリズムの温床として、多くのコンポーザーたちの活動の場であり、生活の場であった。当たりまえのことだが、いかなる音楽も、音楽そのものだけでは成立せず、それが生まれてきた場所や時代背景と密接に結びついている。そういう<風土>から音楽を切り離すことはできない。最近、音楽というものはどの程度ほかの土地へ移植することが可能なのだろうか、そんなことを考えたりもする --- すべてが流通してしまうかのように見えるこの時代に。
『ミュゼ』(2003年発行)掲載