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妄想的箱庭世界ロウ・ファイ仕様

ニオベ『Voodooluba』

恩田晃

ボム、ボム、ボム! ニオベことイボンヌ・コーネリアスの三枚目のアルバム『ブードゥールバ』は、いきなり奇怪なサンバのリズムで幕を開ける。どことなく南米風のトロピカルなエレクトロニクス・コラージュが脈絡なくつづく前半、そこからいきなりアコースティク・ギターの伴奏でしっとりとした歌ものへ誘い込む後半。身勝手な女のような突飛な振る舞いに惑わされ、もてあそばれ、虜になる(かなりメロメロ)。展開の異様さもさることながら、ボルヘスの夢の世界を絵に描いたような幻想的なムードが濃過ぎます。ブラジルからハイチからハイブリッドなニューヨークまで北上して、過激なラジオ歌劇のようにまとめられたような音楽なのに、実はドイツのケルンでつくられたという不思議。それに、四方八方に飛び散ったサンプリング・サウンドをつなぎ合わせるようにして全編をおおう彼女の声の艶やかさ…つぶやき、ささやき、ハミングし、歌う…たくさんの極彩色の鳥の声が木霊するジャングルのようで、入り込むと抜け出せなくなる。いったい他にこんなのあるのかしらん? で、これをつくったイボンヌ嬢は写真をご覧いただければおわかりのように見目麗しい(美人だからこんな無茶が許されるんでしょうかね?)。ベネズエラ人の父とドイツ人の母のもとにフランクフルトで生まれ、バッハなどのバロック音楽やジャネット・ベイカーやアルフレッド・デラーの歌うオペラを聴いて育ち、スティービー・ワンダーからフェラ・クティからN.E.R.Dから節操なく聴き漁っていたそうな(それに憂鬱な雨の日にはモートン・フェルドマン)。そんなバックグランドを知れば、今日の姿もなるほどなとうなずけるのだが、いくら説明を加えても、何故こんな珍妙な世界ができ上がってしまったのか、謎が残る。だいたい、いくつものスタイルを組み合わせてこんな音楽をつくろう、と意図的にやったところでこうはなりません。彼女のマゴット・ブレインのなかには箱庭のような妄想の世界があって、それに似せていろんな音楽の欠片をひろってきて組み合わせてみたら、こうなってしまったのでしょう(まるでファンカデリックみたい?)。つくり方も変っていて、自宅にある4トラックのアナログ・レコーダーに時代遅れの8ビットのサンプラーで音を加工して放り込んでいって、ケーブルもボロくてノイズがのるんだけど、それも面白いわなんて言いながら、ローテクを最大限に駆使している。2001年にトムラブから出たデビュー作『ラディオアザーツ』とソニッグに移籍してからの二作目の『テセ・テセ』で、すでに彼女の浮き世離れしたマジカルな世界は確立されていたけれど、いかんせんエレクトロニカ・シーンのど真ん中にいたせいか、際立ったオリジナリティーが前面に出てこなかった。でも、このアルバムで見事に抜け切りましたね。気が早いけど、次ぎはいったいどうなるのかしらん? もろ歌ものになったりして…。

『スタジオ・ボイス』(2005年4月号)掲載


Last updated: July 2, 2005