音楽家の生活に旅はつきものだ。毎月のようにヨーロッパやカナダへ演奏に出掛けては、ニューヨークに戻ってくる。JFK空港に降り立ち、イエロー・キャブを捕まえようとターミナルの外へ出て、この都市の薄汚れた生暖かい空気を吸い込むと、ほっとする。白人、黒人、黄色人種の体臭が混じりあった、複雑に調合されたスパイスのような匂いが鼻腔をくすぐる。ああ、帰ってきたんだ、と実感する。
わたしはボヘミアンだから何処に住もうとかまわないが、ニューヨークを離れられない理由がいくつかある。これだけたくさんのコンサートが行われている都市は世界中の何処を探してもないだろう。ひとつのジャンルだけでも、毎晩いくつもいくつも面白い催しがある。したがって演奏する機会を得やすい。ジャズでも、サルサでも、エクスペリメンタルでも、長年に渡ってそれらの音楽を育んできた歴史があり、各分野の本物の音楽家たちがこの都市に住んでいる。そういう人たちが街角のカフェで演奏していたり、たむろしていたり、直に接することができる。音楽が生活に溶け込んでいるのだ。
その反面、音楽家の数が多く(東京の十倍はいるだろう。いや、下手すると百倍か)、当然のごとく競争が激しい。それに、ほとんどの小屋がギャラの代わりに入場料収入の一部を支払うだけなので(入場料は一様に安い。東京の半分以下だろう)、あまり金にならない。だから、みな、この都市でインスピレーションを得て、入念にアイディアを試し、世界中へツアーに出掛けて演奏し、懐を暖めて舞い戻ってくる。
ひと昔まえのように、ニューヨークが世界の文化の発信地としての役割を果たしていた時代は終ったように感じる。ただ、いまだに、これだけ刺激に満ち溢れた都市は他にないことも確かだ。そう、いつの時代にもニューヨークは音楽家=ボヘミアンにとって特別な都市だったし、これからもそうで在り続けるだろう。
『音遊人』(2007年)掲載