六年前にブルックリンのアパートに越してきてから、朝早く目覚めるようになってしまった。せわしないニューヨークの生活に順応してしまったのだろうか。
夜明けまえにベットを抜け出し、イースト・リバー越しにマンハッタンを一望に見渡すことができるビルの屋上に上るのが好きだ。深い紺色に沈み込んだ天蓋がうっすらと白みだす。眠たげな太陽光線に照らされたビルの群れを包むようにして、巨大な都市の立てるホワイト・ノイズがオーロラのように立ち上がり始める。人々のありとあらゆる生活の営みが弾き出す音のひとつひとつが通りという通りにあふれだし、夜の静けさを昼のざわめきに変容させていく。
---ラジオから流れる天気予報、シャワーを浴びる、キッチンでコーヒーを沸かす、急いで職場へ向かおうと階段を駆け降りる、轟音とともに地下鉄が駅のプラットフォームに滑り込む---もちろん、対岸からひとつひとつの音を聴くことは不可能なのだが、それらが塵が積もるように堆積され、エネルギーと化して空に放射されるさまは、ざわめきとして感じることができる。それに、 耳を澄ませば、ゴォーッという唸りが少しづつ音量を増していくのが聴こえるだろう。
もし、あなたが、ニューヨークを訪れるなら、毎朝連綿と続くこの都市のシンフォニーを聴いてみたいなら、お薦めしたい場所がいくつかある。ブルックリン・ブリッジ、マンハッタン・ブリッジ、ウィリアムスバーグ・ブリッジなど、イースト・リバーに架かるいくつかの橋のうえだ。いずれも歩道がついていて、マンハッタン、ブルックリンのどちら側からも歩いて渡ることができる。交通量が少ない夜明け直前にそこに辿り着けば、緩やかな川の流れが立てる波のうねりとともに、八百万人の住人が奏で始める早朝のシンフォニーを聴くことができるだろう。それに、朝日を浴びて美しく輝く摩天楼のスカイラインを眺めるのもなかなかいいものだ。
『音遊人』(2006年)掲載