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2004年、冬から春へ、ニューヨークにて

恩田晃

ニューヨーク、夜中に雪が降り始める。あっという間に50センチは積もる。街の灯りが雪の白さに反射するのだろうか、天空がワイン色に染まっている。ラジオから警報がくり返し流れてくる。異常な寒波に見舞われるので外に出ないように…。

カー・サービスでトニックへ。ウィリアムスバーグ・ブリッジを渡る。橋の上から見渡すマンハッタンの全貌が異様なまでにクリアに見える。冷気がカラカラに乾ききっている。

アラン・リストとウェスト・ビレッジのレンタ・カー屋で待ち合わせ。赤いスポーツ・カーでバルティモアへ。途中から雪のような雨のようなみぞれが降り出し、到着が大幅に遅れる。ひとがのんびりしていてニューヨーカーのような思わせぶりなところがない。が、振る舞いに繊細さがない。

キッチンの窓からずっと外を眺めている。微妙な陽射しの変化に見蕩れる。かもめが飛び回っている(海が近いのだ、ここは)。夕方になって、日が暮れてゆく。景色が黄昏れながら、激しく表情を狂わせる。飽きない。

『タルコフスキー日記』を読んでいて、あるくだりを面白いと思う。「20世紀には一種の感情のインフレーションが起こっている。新聞を読んで、インドネシアで200万人のひとびとが殺されたと知ったときの印象が、ロシアのホッケー・チームが試合に勝ったという記事を読むときの印象と同じなのだ。知覚の仕方が均一になりすぎているので、そのふたつの事件の間にあるとてつもなく大きな違いに気づかない」

十数羽のカモメが上空を飛んでいる。この寒さで海岸沿いには食べるものがなくなり、街へやってきたのだ。

数週間つづいた寒さがゆるみ始める。溶けた雪は泥水となってゴミを混じりあい、グリーンポイントの街路の灰色の景色に溶け込んでいく。

春らしくなってきた。今日はとても暖かい。気温が上昇すると、いろいろなものが匂いだす。通りを歩いていると、レストランから食べ物や、生ゴミや、デリの店先の花々や、道行くひと体臭や…。混じりあい、いかにもこの街らしい匂いになり鼻腔に入り込んでくる。

裏庭の上空を飛ぶかもめの数がめっきり減ってきた。海岸へと戻っていったのだろうか? リンパ腺が腫れあがり、右目をやられてしまう。去年とまったく同じ症状。もともと左目はやられているので半めくら。霞んでよく見えない。外に出るのも億劫だし、なにもせずに、ずっとソファーに寝そべっている。

いい加減、ボオーッとしているのにも飽きてくる。いつもは1日12時間働くところを、12時間寝ている。

6月にロンドンでスティーブ・ベレスフォードと演奏することになる。彼の昔のアルバムを聴き直してみる。ホイジンガー、近藤、ツゥープとのカルテット。81年にYレコードから。それに『the bath of surprise』、グレートーンを省いた荒い階調で焼きつける。

ローワー・イースト・サイドのウィリアムスバーグ・ブリッジの辺り。人気のない通りはあまりにも静かなので、アパートの群れのなかで会話するひとびとの話し声がときおり通りに流れ出してくる。ほとんどがスパニッシュ。音量が低い。なにも意味をなさず、通りの闇のなかに紛れ込み、スゥーッと消えていく。通りを横切っていく精霊のような。 ウィリアムスバーグは、通りを歩いていて、スピリットが少ない。気配を感じない。凍り付いた状態が街を支配している。誰も気が付かないし、誰も気にしない。

うららかな春らしい日がつづいていたかと思えば、いきなり雪が降り始め冬に逆戻り。裏庭の景色も同じく暗転。

シェリー・ハーシュが、昔、アムステルダムからカッセルのドクメンタにヒッチ・ハイクで出掛けて誘拐されかけた話と西海岸に住んでドーナツ屋でアルバイトしていたときに、ヒッチハイクでひろってくれた黒人にレイプされかけた話。夕食をつくってあげる。シェリーが話し続ける。生まれ育ったイースト・ニューヨークのゲットー。その頃のニューヨークには、死も、セックスも、街路にゴロゴロと転がっていて、それをよけながら、たまに搦めとられながら、皆が生を謳歌していた。

眠い。ひたすら眠い。この季節のニューヨークはいつも天候が気紛れ、身体が付いていかない。ソファーで少し本を読んで眠りに落ちる。

『Autumn Leaves - Sound and the Environment in Artistic Practice』(2007年)掲載 


Last updated: July 2, 2008