以下は、わたしが最近もっとも気に入っているアーティスト、小金沢健人の個展のカタログに書いたものです。彼は、2004年の夏、東京でふたつの個展をやっています。彼の作品が日本でまとまった形で紹介されるのはこれが初めてです。是非、一度足を運んでみてください。
小金沢健人『Pencils, Papers, Desk and Chair』
2004年8月27日〜9月21日
ヒロミ・ヨシイ
東京都港区六本木 6-8-14
Tel: 03-5786-3566
小金沢健人『Dancing in Your Head』
2004年8月20日〜9月26日
資生堂ギャラリー
東京都中央区銀座 8-8-3
東京銀座資生堂ビル地下1階
Tel: 03-3572-3901
1999年、小金沢健人はベルリンへ逃亡した。大学を卒業した後に奨学金を得て、一年間働かずに暮らせる自由な環境を手に入れたのだ。だが、彼は、一年たっても帰ってこなかった。日本と違い日常生活における規範や制約が少ないベルリンの暮しに馴染んでしまい、以後、5年間をそこで過ごすことになる。
色鉛筆と紙というごくありふれた素材でなにげなく描かれた小金沢のドローイングの数々は、彼の絶え間ない逃亡の記録である。「ドローイングを描くということは、日々の鍛練みたいなもの」と彼はいう。みずからの感覚を解放するために、わたしたちの生活にあふれるナンセンスから逃れるために(なぜ、毎日あくせくと働き、社会の奴隷と化す必要があるのか?)、小金沢は、あのくりくりとした大きな眼で対象を見つめ、あらゆる意味をはく奪した果てに浮かび上がる、起源の風景を捉えようとしている。起源の驚きを感じようとしている。
では、どこをどう辿れば、その起源とやらに辿りつくのだろうか? 小金沢の作品に現れる奇妙な物体や行為や現象の組み合わせは、諧謔の精神で「無意味」を打ち鳴らしたダダや「偶然の出合い」を重んじるシュルレアリズムの精神を感じさせたりもする。とはいうものの、そんなアートの歴史からの引用が馬鹿々々しくなるぐらい、小金沢の作品はあっけらかんともしている。それは、美術よりも音楽から学ぶことのほうが多い、という一風変った指向(嗜好)のせいかもしれないし、スポーツ少年だったという彼が、自分の頭脳と肉体だけを頼りに異国の地でずっと摸索を続けている、という自負なのかもしれない。あえていえば、美術史内部でのヒエラルキーやジャンルの約束事が増えつづけ、破壊と創造の相克から生まれるダイナミクスが痩せ細り、年々イデオロギー化していくアートの世界にあって、ここまで内発的にものごとを消化するアーティストもいまどき珍しい気がするのだ。ヨーロッパやアメリカで続々と個展が開かれるなど、過去数年の成功も、受け入れられている、というよりは、これはなんだろう? と新鮮な驚きを与えている、ということではないだろうか。
まるで、彼が大好きなオーネット・コールマンが吹くサックスのように、小金沢のドローイングの人や物体や線や点は、ハーモロディックに断片化され、虚無の空間に放り込まれるている。ベルリンの空の下、ミニマリステックに『Pencils, Papers, Desk and Chair』だけを使い、執拗なまでに「からっぽな世界」を追い求めるということ。それは、オーネットが --- 無限 --- を夢見たように、感覚を世界に向けて開いていく、ということなのだ。